レイシャルメモリー 1-04


 やがて一番奥の低い木の側、他の墓石から少し離れたところに小さめの墓碑が見え、アルトスはその前まで行って足を止めた。青い月明かりが落とす影で、石に刻まれた名前がハッキリと見て取れる。
「アルトス? コレが……?」
「同じ名は他にない」
 バタバタと足音が近づき、騎士一人と兵士が六人、土を掘る道具と人数分のランプを手に走り寄ってきた。幾分明るくなった中、それぞれアルトスに敬礼を向けると、サッサと土を掘り返しにかかる。
 ジェイストークは、低い木の陰に倒れた墓石に眉を寄せた。ドナのことを聞き、一瞬眉をひそめたフォースの顔が思い浮かんでくる。
 ただでさえ母を亡くすことは辛く大きな出来事だ。しかも、目の前で斬り捨てられ、いかにもよそ者扱いされた場所に掘られた墓穴を見て、五歳だったフォースはどう思っただろう。コレがフォースの傷にならないわけはない。確かに、そのせいで剣を手にしたのかもしれない。しかし、それで身命の騎士などと呼ばれる人間に成長するのだ。自分ならその怒りから、まず復讐を考えるだろうと思う。前線の騎士や兵士に剣を習い、皇帝ディエントの目にとまり、城都に移って騎学に通い。そうした過程の中で何かがあったのか、それともドナの出来事でさえねじ曲げられなかったほど、最初から強くあったのか。フォースが持ったのは、怒りよりも、それを越えた悲しみだったのかもしれない。もしかしたらそれが神の守護者と呼ばれる種族たる所以なのだろうか。
 墓を掘っていた数人が、ぼそぼそと声を発した。
「どうした?」
 アルトスが、ざわついた声に問いを向ける。一人の騎士が顔を上げた。
「出ました」
 その声に二人が穴をのぞくと、土の間にいくらかの平らな面が見えた。
「傷を付けないよう、気を付けろ」
 アルトスの命令に、おのおのが道具を穴の外に置き、手で土をどけていく。アルトスの細めた瞳に怒りが見え、ジェイストークはそれを見なかったかのように視線をそらし、アルトスの心情に思考を巡らせた。
 エレンがレイクスと一緒にさらわれたのは、アルトスがエレンに仕えていた時のことだ。ジェイストークも既に城で暮らしていたので、その事件のことはよく覚えている。十歳になったばかりの子供だったアルトスが、大人数人の力に敵うわけがない。あっけなく殴り倒され、二人は連れ出されてしまった。騎士になったら守るのだと心に決めていた対象を、そして、まだ小さなアルトスに母のように接していた優しい人を奪われてしまったのだ。アルトスは、二人を奪った者達へ、そして自分への怒りでここまでなったのだと言っても間違いではないだろう。
 悲しみをもって受容したフォースと、怒りをもって抗拒したアルトス。対極の反応を見せた二人の騎士が起こす摩擦は、どこに影響を及ぼし、何を変えるだろう。同じエレンを奪われるという出来事が、フォースとアルトスを育てたのだとしたら、互いに受け入れることも可能かもしれない。
 ジェイストークは冷たい棺の木肌を見ながら、それがアルトスに言われる自分自身の甘さであって欲しくないと願っていた。

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