レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第1部4章 事実の深奥
2. 記憶 01
普段は食卓に使う大きな机に、何冊かの年代物の本を積み重ね、その横でグレイは厚い本を開いていた。同じ机の左斜め向かいで、リディアはサーペントエッグを持った両手をテーブルに乗せ、うつむくようにその手を見ている。そのエッグを包んでいる白く細い指の間から入り込んだ光が、壁に跳ね返され揺れ動く。表面の細かい細工がよく磨かれているからだろう。
扉のところから、中位でヴァレス周辺警備の騎士が、難しげな顔をしてリディアに三、四歩近寄った。ゼインだ。ゼインは城都で神殿警備に就いていたので、リディアとはいくらか会話を交わした程度の馴染みがある。ゼインは、リディアの手元をのぞき込んで笑顔を作った。
「それ、綺麗だね」
ゼインの声にリディアはハッとしたように振り返り、ゼインの視線の先にあるエッグを手に包み込んで苦笑した。ソファーに寝ていたティオが、起きあがってゼインの様子をうかがう。ゼインはそれを気にしながらも口を開いた。
「それって、何? 鎧に付ける金具がついているみたいだけど」
「え? ええ……」
リディアはもう一度苦笑すると、机に身体を戻した。ゼインはリディアの肩越しに、その手元を気にしている。
「なにかの宝飾品? いかにもフォースが嫌いそうな代物だね」
ゼインの言葉に、リディアは表情をこわばらせた。リディアはエッグを見せて貰っただけのつもりでいたが、返そうとしてもフォースが受け取ろうとしないのだ。ゼインはリディアの横に回って、その浮かない顔をのぞき込む。
「あれ? もしかしてプレゼントしようとでも思ってた? リディアさんからのプレゼントなら受け取るだろうけど、捨てられちまうかもしれないよ?」
「それは俺のだ」
その声にゼインが振り向いた。神殿へと続く廊下から、フォースが部屋に入ってくる。フォースの顔を見ると、ティオはソファーにコロンと寝転がり、リディアはホッとしたように小さなため息をついた。
「あ、早かったな。神殿の中にいる時は、ベッタリ一緒にいなくたっていいんだぞ?」
ゼインは張り付いたような笑顔で、後退るように扉へと戻っていく。チラッと視線を投げただけで、ほとんど無視して前を通ったフォースに、ゼインは苦笑を向けた。
「ヤな顔だな。嫉妬か?」
「必要ないだろ」
フォースは振り返り、うつうつとした声でゼインに文句を言った。ゼインはフォースに苦笑を向けながら見張りの体制に戻り、明らかにリディアを気にして口を開く。
「フォースって普段はてんでガキだよな」
「ゼインも俺より四つも上だとは思えないよな」
フォースは速攻で言い返すと、ムッとした顔のゼインにクルッと背を向け、リディアの横に歩を進めた。不安げに見上げてくるリディアと視線を合わせ、フォースは照れたように苦笑する。その笑みを見て、リディアはサーペントエッグをフォースに差し出した。フォースは、持っていて、と、リディアの手を押し返す。何度か繰り返されたその行動に、リディアは眉を寄せた。