レイシャルメモリー 2-08
含み笑いのバックスに、アリシアの声が大きくなる。
「笑わないでよ。その時は私だって一応真剣だったんだから」
「悪い、いや、フォースが十四の時だろ? とある店に誘ったら、自分が脱ぐのは嫌だって断られたんだよね」
バックスの言葉に、アリシアは目を見開き、呆れたように両腕を広げる。
「なにそれ。てんで子供じゃない。って、それじゃ私、まるで襲ったみたいじゃない」
「真実の愛や安心感は恐怖のないところにあるって言うからな」
そう言うと、バックスは自分で三度うなずいた。
「ちょっとっ。私が恐怖だっていうの?」
食ってかかったアリシアに、バックスは思わず朗笑する。
「あはは、違うって。フォースが騎士に成り立ての頃は、戦に出てるか、不信感満載の兵士たちの中にいたからな。恋愛感情を持つような余裕なんて無かっただろうよ」
アリシアは昔に思いを巡らせた。その言葉と、アリシアの中に浮かんだ当時の状況が結びつく。
「そうか。そうね」
「リディアさんとのことも、出会ってから一体何年かけてるんだか」
そう、一番始めにリディアの存在を聞いたのは、騎士になってすぐの頃だった。
「そうね」
「やっと少し余裕が出来てきたのかな、なんて思ってたらこれだ」
少しずつ笑うようになり、元のようにケンカもするようになり、ほんの数ヶ月前にはこれが本来の人格なんだろうと思うほど、フォースは安定した生活をしていた。
「そうね」
それなのに。ヴァレスに戻ってすぐはまだよかった。出生のことが分かってからはその笑顔すら辛く見える。
「で、やっぱり好きだったんじゃないか」
バックスの言葉に生返事を繰り返していたアリシアは、虚をつかれてビクッと身体を震わせ苦笑した。
「そう、昔は、ね。今はちゃんと弟よ。でも、取られちゃったみたいで、なんだか寂しかった」
「分かるよ」
バックスの笑みを、アリシアは不安げに見上げる。
「でも、弟なのよ?」
「ああ、分かるよ」
うなずいて、なお変わらぬ笑みにホッとして、アリシアはため息をついた。
「これ以上、困らせちゃいけないわよね」
「あれでも分かってると思うぞ。少しくらいは」
バックスは自分の願望を察して、そう言ってくれたのかもしれないとアリシアは思った。でも、この人が心からフォースの理解者であることには間違いない。少しくらいはという言葉に妙に現実感があって、欠片くらいは本当に分かってくれているかもしれないと思う。
「ありがと」
わだかまっていたアリシアの気持ちが、微笑みとともに、ゆっくりこぼれ落ちていった。