レイシャルメモリー 2-09


   ***

 部屋に戻ったフォースの目に、笑顔のリディアと向かい合うナシュアの姿が入ってきた。城都で女神付きのシスターだった人だ。目が合い、フォースは慌てて頭を下げる。ユリアは、微笑んだナシュアの視線をたどってフォースが戻ったのを見つけると、その前に立った。
「私には任せられないってことですか?」
「任せ……、って何を?」
 フォースはわけが分からずユリアに疑問を返した。リディアは手にしたサーペントエッグを胸に抱いてうつむく。
「リディアさんですっ。わざわざ城都からナシュアさんを呼んだりして」
「え? 俺は何も」
 ユリアの剣幕に、ナシュアが苦笑する。
「私はシェダ様のお言い付けでヴァレスに配属になったのですよ?」
「本当ですか?」
 ユリアは疑わしげにナシュアを見やった。ええ、とうなずくと、ナシュアはフォースとユリアを交互に見て心配げに首をかしげる。
「それより、何かあったのですか?」
 ユリアは驚いたように目を見開き、それから首を横に振った。
「な、なんでもありませんっ!」
 ユリアは廊下に駆け込み、ナシュアとフォースは茫然と見送る。部屋の隅にいたグレイが乾いた笑い声をたてた。
「そうは見えませんよねぇ」
「ええ。ご迷惑をおかけしているのなら、話して聞かせないといけませんね」
 ナシュアはグレイに答えると、リディアの背に手を回し、部屋の隅へと場所を移す。割って入るわけにもいかず、フォースはグレイのところへ行った。開かれたままの本や何冊か重ねて伏せた本の手前に置いてある、女神の示した古い本が目に入ってくる。
「あ、そうか」
 ボソッとつぶやいたフォースに、グレイはパッと明るい顔をした。
「思い出したのか? 詩の続きか? それとも誰に聞いたかか?」
 フォースは、すまなそうにため息で笑い、本を指さす。
「いや、それの話しをしてたんだっけって」
「おいおい……」
 グレイは両手で顔を覆い、大きなため息をついた。フォースはテーブルの角を挟んだ椅子に腰掛ける。
「思い出す努力はするよ」
「ああ。俺はこの詩にどんな意味があるのか調べてみる」
 グレイが親指を立てて言った言葉に、フォースは微笑んだ。
「ありがとう。そういえば父さんは?」
「戻るって。あの詩のことを聞いてみたけど、知らないみたいだったよ。それと、ゼインはルーフィス殿に怒られて扉の外っ側」
 グレイは、その情景を思い出したのか、ククッと笑い声を漏らした。
「ゼインが怒られたってことは、監督不行届きとかって後から俺も怒られるんだよな」
 フォースは力無く苦笑する。落ち込んで見えるその様子に、グレイはフォースをのぞき込んだ。
「気が抜けてるなぁ。アリシアさんと、何か重大な話でもしてきたのか?」
「いや、全然。父さんが持ってきた話で、クロフォードがどれだけ力を持っているか誇示された気がして。気が重いだけ」

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