レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第1部4章 事実の深奥
3. 深奥 01
「なぁ、タスリルって名前の薬屋ってだけで、どんな人かも分からないんだぞ?」
不安げに眉を寄せて、フォースは後ろからついてくるリディアに声をかけた。リディアはフォースに笑顔を向けてから、並んで歩いている子供の姿のティオと顔を見合わせる。
「大丈夫よね」
「そうさ、俺がついてんだ」
ティオはリディアの手を取ると、フォースにベーッと舌を出した。フォースは苦笑して前に視線を戻すと、ハァと大きなため息をつく。
フォースはジェイストークに聞いた、タスリルという薬師の店を探していた。ライザナルの様子を知っておくために、行く前にもう一度ジェイストークと会う機会を持ちたいと思ったのだ。できればついでにタスリルから、いくらかでもライザナルの話が聞ければと思う。
薬屋はほとんどが術師街に居を構えている。フォースは結構にぎやかな大通りから、その術師街と呼ばれる狭い路地に入った。街の中心に近いのだが、この路地はひどく狭い上に左右の建物の背が高く、日があまり届かないので薄暗い。それでも看板のある扉が並び、窓もあるのだが、ほとんどが閉ざされていた。たまに開いている扉を見つけても、風を通すためかドアストップをかけて薄く開けているだけで、とても商売をしようという雰囲気には見えない。
「ここはちっとも変わらないな」
わずかに開いた扉から漂ってくるツンとした臭いに顔をしかめながらフォースはつぶやいた。その声を聞いたリディアは、不安を感じたのか足を早めてフォースと肩を並べる。リディアが両手で鼻と口を隠しているその横を、ティオが走り抜けて前に出た。
「ここって、城都の術師街みたいだわ」
「みたいって、術師街だよ。たいてい薬屋は術師街にあるんだ」
苦笑したフォースを、リディアは丸くした瞳で見上げた。薬屋が表通りにある城都が特殊なのだと驚き、リディアはあらためて周りを見回した。城都の術師街なら、父であるシェダに付いて行った記憶がある。そこと比べれば、まだヴァレスの術師街の方が明るいかもしれない。単に前を行くティオが楽しげに歩いているからそう見えているのだろうか。リディアは、自分の上にあると自覚できるほどに空気が重たい気がした。
「ファル!」
ティオが石の壁に挟まれた青空を見上げて手を振った。するとそこに一羽の隼が舞い降りてきてティオの頭にとまる。すぐ後ろ、フォースの左に並んで歩いていたリディアが、ファルとティオを見下ろした。
「爪、痛くないの?」
「加減くらいは教えてあるよ」
そう答えながらティオが振り返ったからだろう、ファルは少しだけ羽を広げてバランスを取った。
すぐ前の扉から、濃紺の長いローブを着た男がうつむき加減で出てきた。リディアはすれ違うために、フォースの腕を取って引く。それが目に入ったのか、その男は、巫女の服をまとったリディアを珍しい物でも見るように上から下まで眺めた。ティオが、通りに出たその男の横を通り過ぎてから、フォースは軽いお辞儀を向ける。