レイシャルメモリー 3-02
「すみません、タスリルという薬師を知りませんか? このあたりだと聞いたのですが」
「左側。ここから五つ目の扉だ」
かすれた声で答えながら、フォースの顔と身に着けている上位騎士の鎧を、興味深げに見比べている。
「ありがとうございます」
礼を言ったフォースの陰に隠れがちに身体を引き、リディアもフォースに習ってていねいに頭を下げた。男は礼に対して一瞬だけ口の端に笑みを浮かべ、何事もなかったかのようにすれ違っていく。少しの間その後ろ姿を見送ってから、リディアはフォースの腕を掴んだまま周りの様子を眺めた。
「ここだ」
フォースが足を止めた五つ目の扉の前には、わざわざ掘り下げた階段が付いていた。窓も固く閉じられ、他の店の構えよりも、さらに暗く見える。先の方へ行ってしまっていたティオが、頭にファルを乗せたまま駆け戻ったのを確認し、フォースはリディアの前に立って階段を下りた。一呼吸置いて扉を押すと、内側に付いているのだろう鈴の音が、ガラガラと店に低く響く。暗い店内に踏み入ると、部屋の真ん中にある小さな黒山の側に、ロウソクの明かりが三つ見えた。
「すみませ……、ン?」
黒っぽい品物があふれかえる中、その黒山の高さが増し、明かりの反対側から生えた細い手がフードを押し上げ顔が現れた。まるで角の取れた立体パズルのパーツが組み合わさったような深いシワが歪み、かろうじて女性だと分かる笑みを形作る。
「おや、昼間からお客さんかと思ったら。お前さん、レイクスだね?」
思わずその顔に見入っていたフォースは、慌ててハイとうなずいた。老人は黒く長いローブを揺らしながら絞り出すような笑い声を上げ、明かりを棚の上に置いてロウソクを一本付け足した。ほんの少し明るさが増し、部屋全体がかろうじて照らしだされる。
「じゃあそっちは巫女様かい。妖精の坊やに、ペットまで。にぎやかだねぇ」
老人はホッホッホとノドの奥から楽しげな笑い声を漏らした。
「私がタスリルだよ。ま、ちょっと待ちな。いい物を見せてあげる」
タスリルはフォースにそう声をかけると、リディアに手招きをした。
「ここにおいで。手で水をくむようにしてごらん」
リディアは言われるままにタスリルの前、フォースのすぐ横に立つ。リディアよりも首一つ小さいタスリルは、リディアが胸の前で組んだ手の上に、磨かれて透き通った大きな石を掲げた。すると、その石から白い輝きを持つ石が、いくつも生まれ落ちてくる。ティオも楽しそうにのぞき込む。
「キレイ……」
リディアの手にこぼれそうなほどの山ができると、タスリルは口の右端を引きつらせた微笑みをフォースにも向けた。