レイシャルメモリー 3-03
「あの、これ」
リディアは石の乗った手をどうしていいか分からず、タスリルにおずおずと差し出した。タスリルは訝しげに顔をしかめる。
「いらないのかい?」
「そんな。いただくわけには」
リディアは周りを見回すと、その手の石を側にあった皿の上に移した。タスリルの目尻のシワが下がる。
「いい娘だね。じゃあ、これをあげるよ」
そう言うとタスリルは、散薬の包みをリディアに差し出した。
「この薬はね、ワインにでも入れてレイクスに飲ませてやればいいよ。お嬢ちゃんを忘れられなくなるからね」
リディアは思わずフォースの顔を見上げ、苦笑した瞳と目が合い、頬を染めてイイエと首を振る。
「そうかい? じっくり焼いてたっぷり念を込めて作ったんだけどねぇ。いいハエを使ってるんだよ?」
ブッと吹き出して、フォースは左手で頬を挟むように口を押さえた。リディアは可笑しそうにクスッと笑うと、もう一度首を横に振る。
「いえ、いいんです」
リディアの受け答えを見て残念そうに手にした薬をしまい込むついでに、タスリルは手のひらに隠れるほどの小さな瓶を掴み出してきた。
「じゃ、これはどうだい?」
タスリルは、口を押さえたままのフォースと向き合い、その小瓶を差し出す。
「これを彼女に飲ませてごらん。錯乱して正体なくすから、好きにできるよ」
「そんなモノ買うのに一緒に来るかよ」
わざと目をそらして呆れたように言ったフォースの声に、タスリルは朗笑した。笑いが収まってくると、タスリルはフォースの肩口でリディアに聞こえるようにささやく。
「じゃ、一人で買いにおいで」
楽しげに笑っているタスリルにハッとしたような顔を向け、フォースはため息とともに左手で顔を覆った。
「違、そういう意味で言ったんじゃ……。あの、お願いが」
「分かってるさね。ライザナルへ行くんだろ? ジェイから聞いてるよ。向こうのことを教えてやってくれってね」
フォースは驚いてその言葉に視線を向けた。ジェイストークは反戦の精神を持っている騎士の名を伝えてくれと言い、そして、そのためにタスリルの名前を出したのだろうと思っていた。だがジェイストークの方は、タスリルにライザナルの話を聞きに来ると伝えたという。どうもジェイストークには自分の持っている不安も何もかも見透かされていたらしい。
「だから、こういう薬も必要だと思ったんだけどねぇ」
ブツブツ言いながら、タスリルは手にしていた小瓶を元の場所に戻した。
「何が聞きたい? お前さんの立場かい?」
「それが分かれば一番なのですが。なんでも、どんなことでもいいんです。できる限りのことを知っておきたいと」