レイシャルメモリー 3-06


「な?!」
 フォースは言葉を失い、リディアは両手で口を押さえた。タスリルはリディアをうかがうように見る。
「この子の母親は、随分ひどい目に遭わされているんだよ。お嬢さんも降臨を受けているんだろう? ライザナルに行ってはいけないよ。なにされるか分かったものじゃない。いいね?」
 リディアはタスリルと視線を合わせたが何も答えず、心配げにフォースを見上げた。フォースは震える口元を頬を挟むように左手で覆い、リディアから視線をそらす。
 どうして、何のために自分は存在しているのだろう。ライザナルの神官や皇帝に、神の子と名付けた道具として利用されるためにか。国ぐるみで二人の男に辱められるなどということは、間違いなく母が望んだことではないだろう。運命にもてあそばれるような状況の中、母は一体どんな思いで自分を産み、育てたのか。自虐の思いが自分の居場所を食い尽くしていくのを耐えようと、フォースは歯を食いしばった。
「フォース……?」
 リディアがフォースの腕を取り、そっと胸に抱いた。フォースがその柔らかな感触に驚いて振り返ると、見上げてくるリディアの心配げな顔が目に入ってくる。気遣ってくれているのだという安堵を感じ、同時に待たせてと言ったリディアの言葉が脳裏に蘇ってきた。
 そうだ。自分の居場所はいつも変わらずここにある。生まれがどうあれ、今の自分のすべてを認め、受け入れてくれる人だ。この場所は、リディアだけは誰にも譲れない、何があっても守り続けたい、絶対に諦めたくない。
「ごめん、頭ン中が真っ白で、何も考えられなくなって……」
 リディアが首を横に振るその振動が腕から伝わってくる。その暖かさが、すべてを許してくれるように身体と気持ちを包み込み、満たしていく。フォースは長いため息をつくように息を吐き出して、腕にからまるリディアの手に自分の手を重ねた。そうすることで少しずつ気持ちが落ち着いていくのがハッキリと認識できる。
 じっと二人の様子を見ていたタスリルは、厳しかったフォースの表情が緩んでいくのを見て、わずかにうなずいた。
「まぁ、それが神の血を王家にというシェイド神の教えさ。本当に神の子なのかどうかは知らんが、お前さんは皇帝の息子だよ。髪の色も声も同じだ。そんなことは慰めにもならんかもしれないがね」
 自分が誰の息子かなんてことは問題ではないと、フォースは漠然と思った。どっちにしても、ルーフィス以外の人間を父とは思えないだろう。しかも、母の気持ちも何もかもを無視して自分を産ませた人間が父などと、なおさら認めたくはない。
「お前さんが生まれたいきさつは言うなと、ジェイには止められていたんだが。言っちゃ駄目だと言われると、言いたくなるもんさね。それでも、一人で聞くよりはいいだろう?」

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