レイシャルメモリー 3-07
「はい。ありがとうございます」
フォースは触れていたリディアの手を握りしめ、頭を下げた。リディアが側にいてくれなければ、自分の存在価値を認めることなど少しもできなかったかもしれないと思う。タスリルはそれを目にしてうなずいた。
「お前さんが生きていると思っていた人は、そうそういないだろうね。だがレクタードの扱いはずっと王位継承権二位のままだ。お前さんが出て行ってどんな反応があるかは、すまないが、まるで予測がつかんよ」
「いえ、予測までは」
フォースはもう一度ありがとうございますと口にして頭を下げた。タスリルはため息をつく。
「ライザナルは、お前さんにとっては辛い場所かもしれないねぇ」
タスリルがつぶやくように言った言葉に、フォースは何も返せなかった。母のことが頭から離れない。母が望んで産んだのではないだろう自分に向けた、どこか寂しげな笑顔の思い出が胸を締め付けている。
「エレンさんは、どうやってメナウルに移ったんですか?」
不意にリディアが顔を上げた。タスリルはリディアに陰うつな顔を見せる。
「連れ去られてしまったんだよ。ペンタグラムが一つ落ちていたんだそうだ」
「ペンタグラムが?」
驚きに眉を寄せたリディアに、タスリルは苦笑した。
「メナウルのせいにするためには、いいアイテムだろ? 連れ去られたというのは事実だろうが、誰に、というのはまったく分からないんだよ」
タスリルの言葉に、リディアはすがるような視線を向ける。
「でも、もしかしたら、そのままそこにいるより幸せだったかもしれませんよね」
「実際そうだったみたいだね。私がこっちに来た時は、もう亡くなった後だったが。でも紺色の瞳の騎士がいて、その名前がフォースと聞いた時は可笑しかったよ」
タスリルは肩を揺らし、のどの奥から笑いを紡ぎ出す。リディアは少しは安堵できたのか静かにホッと息を吐き出し、フォースは可笑しいという言葉を否定できなくて、自分で微苦笑した。そんなことで付いた名前と知ってなんだか情けないとは思ったが、それが母の気持ちだと思うと、この名前の意味はとてつもなく重い気もする。ただ、今はリディアのため、母のため、そして何より自分のためにも、強くありたいし、できる限りのことはしなくてはいけないと思う。
「ジェイストークと会って話ができるように連絡を取りたいのですが。もしそれが危険なら、他に手を考えます」
「心配いらない、大丈夫だよ。伝えておいてあげよう。そうそう、ラジェスには娘と孫がいてね。覚えているかい? お前さんが孫を送り届けてくれたんだよ」