レイシャルメモリー 3-08


 フォースは何の苦もなくその男の子に思い当たった。迷子だと思って保護してみると、男の子はライザナルのラジェスというところに住んでいると言う。フォースは迷うことなく騎士の鎧を外し、ラジェスへ送ってきたのだ。顔も知られていない、自分も子供に見られるような時期だからこそできたことだったのだが。フォースは懐かしさと恥ずかしさで思わず苦笑した。
「それにしても、妖精の知り合いとは顔が広いね」
 タスリルは、その視線をティオに向けて言う。
「坊や、私は嘘を言ったかい?」
「いいや、言ってないよ。嘘だったら合図しろって言われてたけど、一個もなかったよ」
 笑顔のティオに、タスリルは朗笑した。いい子だと頭を撫でる。フォースとリディアはお互い目を合わせ、どちらからともなく頭を下げた。
「すみません」
「いや。坊やがいてくれてよかったよ。とても信じられることを言ったとは思えないからね」
 フォースはもう一度、タスリルに無言で頭を下げた。まさか初めて訪ねたこの人が、母をよく知っているとは思わなかった。しかもラジェスに送り届けた男の子の祖母で。これが巡り合わせなら、まったく運に見放されたわけでもないのだと思う。
「おばちゃん、これ何?」
 ティオが大きな釜の前に立ち、中をのぞき込む。タスリルはティオに笑いかけた。
「それは妖精の大釜でね、妖精の国に置いておきさえすれば食べ物や酒が無限に出てくるんだよ」
「嘘だぁ。大釜はこんな形じゃないよ? これ、偽物だよ」
「おや、そうなのかい? 本物も存在するなんて初めて知ったよ」
 そういいながら朗笑したタスリルに、フォースとリディアは思わず笑いを漏らした。タスリルは先ほどしまい込んだ薬の包みをもう一度引っ張り出す。
「ライザナルに行くんなら、飲んでいかんか? 一人じゃないってのは、いいものだろう?」
 リディアがいるという事実だけで、精神的に安定し、ひどく取り乱さずにすむことは自分でもよく理解できる。フォースにとっては本当に大切な支えなのだ。そしてそんな薬を飲まなくても、リディアを忘れることなど無いだろうと思う。
「はい。でも、薬は必要ないんです」
「そうかい? 彼女に飲ませるって手もあるんだよ?」
 そう言うとタスリルは、それも必要ないかね、と付け足して、ノドの奥で笑い声をたてた。

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