レイシャルメモリー 4-03
しれっとしたグレイの顔を見ていて、ハタとその言葉の意味に思い当たり、フォースは声を荒げた。
「てめっ! ふざけんな!!」
頭の上からの大声に、グレイはわざとらしく身を引く。
「ふざけてるのはフォースだろ。俺が責任取ってもいいのかぁ?」
思い切り楽しそうなグレイと、フォースは顔をつきあわせた。
「って、そういう意味でもなくてだな、女神が降臨を」
「そんなの嫌に決まってるだろうが。わざわざ聞いてどうするんだよ」
グレイは、フォースの説明を遮って返事をしつつ、それでもまだ可笑しそうに笑っている。フォースは開いた本のページがめくれそうなほど大きなため息をついた。
「フォース、怒鳴り声出さないのっ。神殿まで聞こえるわよ」
神殿に続く廊下から、アリシアが入ってくる。フォースはしまったとばかりに、もう一度口を隠してアリシアに背中を向けた。アリシアはその肩に手をかける。
「リディアちゃん借りてくわよ」
その言葉に眉を寄せて振り返ったフォースの顔を、アリシアはニヤニヤと眺める。
「なによ」
「い、いや……」
再び顔を背けたフォースにフッと冷笑を向けてから、アリシアはリディアに向き直った。
「食事を作るのを手伝ってもらいたいんですって」
嬉しそうにハイと答えたリディアに微笑んで、アリシアはそのままの笑顔をユリアにも向ける。
「ユリアちゃんもね。お仕事」
アリシアの言葉にユリアはアッと口に手を当て、すぐに、と言いつつ廊下の奥に消えていった。アリシアはリディアを促し、フォースとグレイに手を振って部屋を出る。後ろからティオもチョコチョコとついてきた。
「もしかして、お手伝いしたかった?」
アリシアの問いに、リディアはうなずいた。
「はい。ナシュアさんがいらしてから、お手伝いもほとんど必要がなくなっちゃって」
「ごめんね」
アリシアはバツが悪そうに苦笑した。違うんですかと足を止めかかったリディアの背に手を当て、厨房の前を通り過ぎる。漂ってくる香りに惹かれて厨房の前で立ち止まったティオを置き去りにしたまま進み、神殿の少し手前、狭い廊下でアリシアは足を止めた。
「私、リディアちゃんなら止めてくれると思っていたのよ。フォースのこと」
アリシアはつぶやくように言ってから、リディアと向き合った。リディアは、ほんの少し高い位置にあるアリシアの瞳に視線を返す。
「一度聞いてみたいと思っていたの、リディアちゃんがなにを考えているのか。あの子がライザナルに行くだなんて言っているのは、まだリディアちゃんが止めてくれていないからなんでしょう?」
リディアは微苦笑してうつむいた。肩からサラサラと落ちる琥珀色の髪が、その寂しげな瞳を隠していく。
「私が止めたら、行かないって言ってくれるでしょうか」