レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第1部5章 決意と約束
1. 血の文字 01


 ルジェナ城は高台の上に位置している。その高さを生かし、回廊の右側はバルコニーのように開けた空間になっていて、そこからルジェナの町を眼下に見ることができる。マクヴァルは、その回廊突きあたり左にある、神官一人が警備のように立っている重厚なドアを目指して歩いていた。
 ライザナルで信仰されているシェイド神の宗教は暗唱で伝わる。教義を説くにも習得するにも、すべてに文字は使わない。当然、マクヴァルも教義は口頭で伝えられ暗記した。だが人と違ったのは、まるで生まれた時から知っていたかのように、三つになるかならないかで、すべての暗唱ができていたことだ。そのことによって誰からも、なんの疑いもなく神の申し子と目され、当然のように神官長へと上り詰めた。だが、ローブに隠れたマクヴァルの手には、今、一冊の本が抱えられている。
 部屋の前までたどり着くと、マクヴァルは神官が開けた扉の中へと入った。扉を閉めた音が部屋に反響する。
 四方から天井に至るまで起伏の激しい岩でできているこの空間は、人の手によって作られた場所なのだが、まるで天然の洞窟のようだ。岩のへこんだ部分に、いくつかの明かりがともされ、淡い光が壁面を包んでいる。その薄暗い空間の奥にはシェイド神の像が据えられ、その像が見下ろす場所に祭壇が置かれていた。祭壇には炎をかかげた三本のロウソクが立ててあり、黒曜石でできた鏡がロウソクの光を受けて散光を放っている。
 マクヴァルはその祭壇、鏡の正面まで早足で歩き、ローブの陰から本を取り出して鏡の横に置いた。その本に挟んであった羊皮紙を手にし、鏡の前にある燭台の間に広げる。そして鏡の陰から光沢のある生地で作られた手のひら大の袋を取り出し、中に入っていた黒曜石のカケラを、三本のロウソクを結ぶように羊皮紙の上へ並べていく。そのカケラには所々に光を反射しない黒っぽいシミがこびり付いていた。
 石の黒い輝きで作られた直線が三本できあがった時、結ばれたロウソクの炎が倍ほどに大きさを増した。それと同時に、鏡面にボウッと老人の顔が現れてくる。その顔がハッとしたように目で周りを見回し、すぐ前にある石のカケラに目をとめた。こびり付いた古い血の跡が、老人の身体に死を与えた短剣のカケラだと物語っている。老人は絶望に沈んだ瞳、身体があった頃は深い紺色をしていたその瞳をマクヴァルに向けた。
「色々と教えていただくよ。神の守護者殿」
 マクヴァルは口元に冷たい笑みを浮かべると、横に置いてあった本を手にし、ページを繰っていく。一度大きく息をつくと、マクヴァルはブツブツと口の中で音読を始めた。
 マクヴァルがひたすら文面を追う中、並べられた石にこびり付いていた血がはうように動き、羊皮紙の上に次々と文字を形取っていく。鏡面の向こう側から見ている老人は、その文字を見て心痛に顔をしかめた。

1-02へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP