レイシャルメモリー 1-02


 短剣で刺された時は、ただ死んでいくのだと思っていた。ところが鏡の中に魂なのか意識なのか封印されてしまい、思うように自らの記憶を引き出されている。しかもその記憶は、誰よりも教えたくない人間の目に触れているのだ。一番教えたい人間には、マクヴァルに知れてしまったことさえも伝えることができないというのに。
 マクヴァルの口から言葉が消えた。本を置くと、羊皮紙の文字に目を落とす。

 神の守護者と族外の者にもうけられし子は武器を持つ。その者、神との契約により媒体を身に着け戦士となる。媒体ある限り神の力はその者に対して無効となる。

 最後の方の文字はきわめて薄かったが、なんとか読むことができた。
「もっと血を付着させておけばよかったか」
 マクヴァルは、その血の持ち主であった老人に笑みで細くした目を向けた。文字をこぼさぬように羊皮紙の両端を持ち上げ、黒曜石のカケラごと慎重に袋の中へと戻す。それと共に鏡面に現れていた老人は沈痛な面持ちのまま鏡の奥へと消えていった。大きくなっていたロウソクの炎が、元の大きさへと収まっていく。
 マクヴァルは手にしていた石の袋に笑みを向けると、元のように鏡の陰に置き、羊皮紙に浮かんだ文字をつぶやくように復誦した。
 マクヴァルの脳裏に、老人と対話した石の部屋での出来事が蘇ってくる。鏡に封じた神の守護者である老人は、一族の者は武器の代わりに神の力を借りて攻撃を行うと言っていた。老人がシェイド神の力を使うことができなかったということは、種族の他の人間にも神の力を引き出すことはできないであろう。既に一族の者を畏怖する必要は何もない。それどころか、もし一族の人間が現れることがあれば、老人と同じように封印し、新たな知識を手に入れることができるだろう。
 そして今しがた老人の血が形作った言葉を思い出す。一族外の人間との間にできた者が戦士ならば、それはそのままレイクスを指すではないか。とすれば注意を払わなければならないのはレイクスだけだ。いや、わざわざ見張り続ける必要もない。シェイド神と契約させるか、それができなければ何らかの形で亡き者にしてしまえばいいのだ。
 ドアの向こう側でガタッと大きな音が立ち、失礼いたしました、と声が響く。マクヴァルは本を手にし、祭壇の下に隠した。回りに目を配ると袖をパンと払う。
「皇帝陛下がお越しにございます」
 ドアの向こう側から見張りの神官が声をかける。マクヴァルはそれを聞いてからゆっくりとドアに向かった。
 マクヴァルはドアを開け、うやうやしく頭を下げて皇帝クロフォードを迎え入れた。クロフォードは、まっすぐシェイド神の像の元へと足を進め、ひざまずいて祈りの姿勢をとる。マクヴァルは祭壇の横に立ち、クロフォードが顔を上げるのを待った。

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