レイシャルメモリー 1-03


「シェイド神の戦、一年の間停戦させていただく」
 立ち上がってマクヴァルと向き合い、クロフォードは淡々と言った。その言葉にマクヴァルは眉を寄せる。
「どういうことです?」
「レイクスを安全に取り返すためだ。神の血を王家にというシェイド神の教えにも、これで沿うことができる」
 クロフォードはシェイド神の像を見上げた。マクヴァルは、クロフォードに気取られないように長く息を吐き出す。
「しかし、メナウルの巫女はどうやって手に入れるおつもりです? 停戦の前に手を打ってはいただけないでしょうか」
「そこまで急く必要はあるまい。せっかくの神の血、失うわけにはいかん。まずはレイクスだ」
 クロフォードの言葉は、どこまでも穏やかで、マクヴァルはそれをひどく苦々しく思う。クロフォードがエレンというシアネルの巫女に執心していることは理解していた。だが、エレンが居ないと分かった今、その執着はレイクスに向いているのだ。その思いは間違いなく邪魔になるだろう。
「では、レイクス様の代でシャイア神の血を王家に。メナウルは豊饒な土地を持っています。国のためにも早い時期の対処を」
 クロフォードはマクヴァルにうなずいてみせる。
「そうだな。停戦は一年だ。その後はレイクスにも逆らうことは許さん」
 その言葉に、マクヴァルは密かに愉悦した。メナウルの騎士だというレイクスが、抵抗しないわけはないだろう。それはメナウルの巫女のことも、レイクスが戦士であることにもいい方向に働くに違いない。クロフォードは、そんなマクヴァルの思いに気付かないまま言葉をつないだ。
「エレンの棺も見つかったそうだ。これから私はドナへ向かう」
「では、私めもご一緒いたします。葬儀の準備など、お任せください」
「よろしく頼む」
 クロフォードは身を翻すとドアへと向かった。マクヴァルはクロフォードに背を向けて、祭壇と向き合う。後ろにドアの開閉の音を聞き、マクヴァルは大きくため息をついた。
 神の血など、本当はどうでもいいのだ。もしも神の血などというモノがあったとして、それを王家に取り入れることが、いったい何の足しになるというのだろう。
 そんなことよりもメナウルの巫女が、シャイア神が欲しいのだ。シアネルのアネシス神のように、シェイド神の中に取り込んでしまいたい。そうすることで、また一歩、神がこの地を離れることを阻止することができるのだ。決してこの世界を神不在のモノにしてはならない。
 身体の中でシェイド神が降臨を解こうと抵抗しているのが分かる。マクヴァルはシェイド神の像を見上げた。
 シェイド神よ。残念ながら、あなたはあなたの意志で私の魂から抜け出すことはできない。私の身体が朽ち、何度生まれ変わろうともだ。心配なさらずとも、私自身が神の代わりとなり、この地を統べて見せよう。
 洞窟のような空間に反響して、マクヴァルの忍び笑いが低く響いた。

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