レイシャルメモリー 2-04


 文句を言いながら、リディアはフォースの首に回した腕に力を込める。フォースは、リディアの肩口に抱き寄せられてシーツに顔をつっこみ、慌てて体重をかけないように低い位置に身体を支えた。自由にならない頭を少しだけひねってリディアの方に顔を向けると、目の前に赤く染まった耳が見える。
「リディア、手を離して」
 フォースは今度は気を遣って、大声にならないように言った。
「イヤ、ここにいて。フォース、放したら行っちゃう」
「リディアが眠るまでは側にいるよ。だから離して。これじゃ苦しいって」
 リディアは首をすくめてくすぐったそうに笑い出す。
「そんなトコでしゃべっちゃイヤ」
 話せないのでは、やめろと説得もできない。フォースが身体を起こそうとすると、リディアはイヤと言いながら余計にしがみついてくる。
「動いちゃイヤ」
「無茶を言うなよ。ずっとこの体勢でいるのは無理だ。腕が辛い」
「飲んだらフォースに何してもいいって、アリシアさんが言ってたもん」
 あの野郎なに言いやがる、とフォースはため息でつぶやいた。アリシアが神殿で言った、行かないで、という言葉が思い出される。もしかしたらその台詞をリディアに言わせようと思ったのだろうか。リディアが酒に弱いことを知らなかったのではなく、酔ってしまうまで飲ませたことは間違いないだろう。
「だから側にいて」
 確かにリディアに止められたら、悩むに違いない。だがそんなことをたくらむより何より、こういう状況を危惧して欲しかったと思う。早くこの体勢をなんとかしたい。こうしているだけで、触れてしまったリディアの感触が、右手に蘇ってくる。自分で何もかもをぶちこわしてしまいそうだ。
「放すんだ」
 フォースが出した精一杯の冷えた声に、リディアの手がビクッと動いて一瞬力が抜ける。フォースはその隙に両腕を突っ張り、腕の分だけ上半身を起こした。リディアの手に力がこもり、もう一度フォースの頭を抱き寄せようとする。フォースはリディアの右手首を掴んで首から引きはがし、ベッドに押しつけた。左手も首から離そうとする。リディアは悲しげに眉を寄せた。
「お願い、今だけでもいいの、もっと側にいて」
 その瞳にあふれてくる涙に気付き、フォースの心臓がはねた。
 今だけではなく、もうこの気持ちは離れることができないと思う。どんなことがあっても、この想いだけはきっとずっと側にいる。
 でも、戻るという約束をしてしまったら、その約束にリディアを縛り付けてしまうだろう。もしも自分が戻れなかったり、リディアが他に幸せになる道を見つけた時のためにも、リディアは自由でいるべきなのだと思う。だが、何があっても誰にも渡したくない、自分だけのモノにしてしまいたいという気持ちも大きい。

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