レイシャルメモリー 3-05


 バックスは、ゼインを睨みつけているフォースをチラッとだけ見やり、ドアを閉めた。内側から鍵をかけた音が聞こえてくる。
「引き付けろ。窓から入る」
 フォースはバックスの耳元にそれだけ言うと、鎧の音を立てないように部屋から少し離れ、それから走り出した。階段の手すりを滑って途中で外側へ飛び降りる。
「どうしたの? さっきの音は?」
「ここにいろ」
 心配げなアリシアにそう言いつつ、フォースは鎧のパーツを外せるだけ外しながら外に飛び出した。アジルが併走してくる。
「どうします?」
「窓から入る」
「でも、どうやって?」
「雨樋登る」
「へ? あ、では兵を数人集めますっ」
 アジルはそう言うと、逆方向に走り出した。
 フォースは雨樋に手をかけ、登りはじめる。鎧が無い分だけ身体が軽い。しかも壁に固定してある部分が足がかりになるので、思っていたよりも登りやすい。だが、ひどく時間が掛かっている気がして気持ちが焦る。部屋の中から布が裂ける音とリディアの悲鳴が聞こえた。足を滑らせて息をのむ。
「手を離してっ」
「そう、もっとフォースに聞かせてやれよ、その声」
 フォースの腕に怒りで力がこもる。もう少しで窓の高さだ。
「ゼインさん、どうして?」
 バックスがわめいている中で、リディアの声がする。
「あいつを見張るはずが、まるきりついていけねぇ。焦れば焦るだけ無能扱い、もうウンザリだ」
「なんの話を……?」
「いいから来いっ」
「イヤッ」
 フォースはその会話から、部屋のどこにいるかだけを読み取ろうと努力した。だが集中などできそうにない。窓よりほんの少し高く登った時、すぐ側の壁がガタッと音を立てた。
 フォースは窓枠に手をかけ、引き寄せるように力をこめた。窓の中に身体を入れると、窓枠の右側を蹴って音の方向に躍り出る。その勢いのまま短剣を持つゼインの手を掴み、身体をぶつけた。そのままもつれ合ってひっくり返り、顔をつきあわせる格好になる。
「フォース?!」
 ゼインは叫ぶように名を呼ぶと、短剣をフォースに向けた。フォースは振り下ろされてくるその手首をつかむ。
 茫然と壁にもたれ、無意識に破れた服を胸元でかき合わせていたリディアは、ハッとしたようにベッドを回り込んでドアに駆け寄り、ドンドンと拳で叩いた。
「バックスさん、開けてっ、鍵がないの!」
「わかった、どけてろ」

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