レイシャルメモリー 3-06
リディアが離れるか離れないかのうちに、ドアに体当たりの音が響き出す。リディアの位置からだと、フォースとゼインはベッドの陰、死角になっている。リディアは不安に思いながら、ベッドの下から身体を半分だけ出して倒れているティオの背中を揺すった。
「お願い、起きてっ」
ティオはうめき声を上げてゆっくりと目を開き、ボーっとしたまま立ち上がる。
「あれ? 俺……、ねむ……」
ティオがベッドに倒れ込んだ時、ベッドの向こうで、何かがぶつかるような鈍い音が二度聞こえた。ゼインが立ち上がり、目を細めた視線をリディアに向けると、窓から飛び降りていく。リディアの顔から一気に血の気が引いた。
リディアが慌ててベッドの向こう側に行くと、フォースが倒れ込んだまま頭を抱えているのが目に入った。
「フォース?!」
リディアが駆け寄ると同時に、バンッとドアが開き、バックスとルーフィスが雪崩れ込んできた。ルーフィスはまっすぐ窓まで行き、逃げていくゼインとそれを追う数人の兵士を見定める。バックスは、起きあがろうとするフォースに手を貸しているリディアの側まで行った。
「リディアさん、大丈夫?」
「え? あ、私は。フォースが」
リディアの声は、幾分震えている。
「いや、俺はベッドの角に頭をぶつけただけだから」
フォースは頭を抱えたまま立ち上がった。バックスは苦笑するフォースの肩をポンと叩き、窓まで行ってルーフィスと共に外に目をやる。リディアは、フォースの横から不安そうにその背中に手を添えた。
「フォース?」
「心配いらないよ」
フォースはリディアに微笑んでみせると、床に刺さっている短剣に手をかけて力任せに引き抜いた。その短剣の深さで、ゼインの力が普段より随分強かったように思い起こされる。フォースは側の棚の上に、抜き取った短剣を置いた。
「それより、リディアは大丈夫なのか?」
「服を破かれて、手を引っ張られただけ。平気、平気よ……」
だんだんと恐怖が蘇り震えが増してくる声に、リディアは口を押さえた。
「ゴメン、怖い思いさせちまって」
フォースは左手でリディアを抱くように引き寄せ、そっと背中を撫でた。リディアはフォースの肩口で、軽く首を横に振る。
「でも、顔色が良くない」
心配げに顔をのぞき込んでくるフォースに、リディアは眉を寄せて見せた。
「頭が痛いの。これ、お酒のせい?」
すっかり忘れていた事実に、フォースは冷めた笑い声を立てる。
「たぶんね。ここに来たの覚えてる?」