レイシャルメモリー 3-08


「こいつを運んだら、外を片付けてくるよ」
 笑みを浮かべながらそう言うと、バックスは部屋を出ようとしたが、難しい顔で振り返った。
「ハシゴがないのに屋根の上にどうやって行けばいいんだ?」
 バックスの問いに、フォースは微かに眉を寄せて考え込む。
「鐘塔からロープで下りるってのは?」
「あんな高いところから?! 冗談だろ?」
 裏返りそうになるバックスの声に、フォースは苦笑した。
「そうか、そうだな。じゃあ、即席でハシゴを作るとか、他を探してみるとか」
「なぁ、もう一度雨樋登らないか?」
 顔をのぞき込んだバックスに、フォースは肩をすくめた。
「悪い。他、当たって。それから、下に行ったらナシュアさんかユリアさんか呼んで欲しいんだ。とにかくリディアの服をなんとかしないと、動きが取れない」
 バックスは、うつむいたままのリディアを見てうなずいた。
「了解」

   ***

 上に来たのはユリアだった。フォースは、リディアがいた部屋以外に置いてあった巫女の服を用意してもらい、リディアは空いている部屋でその服に着替えた。
 結局捕まえられなかったゼインの捜索などで警備が薄くなることを考えてか、サーディとスティアは一晩神殿にとどまることに決定した。とはいえ部屋数が少ないので、サーディとスティアに部屋を割り当てると、部屋が空かず、リディアはスティアの部屋で一緒に休むということに落ち着いた。
 半日交替だった巫女の警備も、バックスが戻れないことで通日になったが、フォースにはそれがありがたかった。目が冴えてしまって眠ることなど少しもできそうになかったし、今しか残っていないこの時間くらいは、少しでもリディアの側にいたいと思う。
 だが。日が昇ってしまったら、ここを発たねばならないのだ。義父であるルーフィスが、ナルエスを閉じこめてある部屋の鍵を自分に残していったのは、たぶん出発前にはもう会うことができないと考えたからだろう。
 きっと同じような挨拶を山ほどしなければならない。サーディやグレイ、バックス、アリシア、マルフィ、アジルやブラッドや他の兵たちの顔が頭をよぎる。ふと、このまま黙っていなくなった方が、気持ちは楽かもしれないと思う。
 暗かった廊下に、どこからともなく薄明りが差してくる。フォースはルーフィスに渡された鍵を取りだして見つめた。ナルエスを起こせば、今すぐにでも発てるだろう。だが、今身に着けているメナウルの鎧を、ライザナルに持ち込みたくはない。自前の鎧と着け替えなくてはならないが、それは今ナルエスがいる部屋の中なのだ。女神に対してどんな思想を持っているかは分からないが、ナルエスもライザナルの人間だ。鍵を開けて鎧を替えるには、どうしてもここに見張りが欲しいが、その見張りをできる人間が今はいない。

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