レイシャルメモリー 3-09
大きくついたため息にかぶって、背中のドアが小さく鳴った。思わずドアに向き直って様子をうかがう。鎧がカシャっと音を立てた。
「フォース?」
ドアのすぐ向こうからリディアの声がした。ドアが薄く開き、リディアが隙間から見上げてくる。少し前まですぐにでも発ちたいと思っていた気持ちが、今はリディアと居たいと騒ぐ。ここのところ気が付けば気持ちが空回りして、そこから抜け出すことができなくなっている。
リディアは、返事をせずにただ見つめてくるフォースに、不安げな瞳を向けた。
「フォース……?」
「あ、いや、もう起きたの? 頭痛、どう?」
フォースはリディアの様子をうかがった。顔色はそんなに悪くは見えない。
「ほとんどいいの。ほんの少し痛いだけ」
リディアは肩をすくめながら、控えめな微笑みを浮かべる。フォースは幾分安心して、つられるように苦笑した。
「風に当たりに行く?」
「行きたい。あ、でも外は」
リディアは小さくため息をついた。神殿から出てはいけないと、警備の人間に言われている。フォースはそんなリディアの考えを察してか、微笑して上を指さした。
「鐘塔の上なら平気だよ」
その言葉に、リディアは頬をゆるめてうなずき、眠っているスティアをうかがうと、部屋を出てそっと扉を閉めた。
二人で足音を立てないように廊下を進み、鐘塔への階段室へと入る。リディアはフォースの後ろから階段を上った。明かり取りの隙間からいくらかの光が入ってくるのと、先を行くフォースの後をたどっているので、ロウソクの光を頼りに上った時ほど苦にはならない。
だが気持ちは重たかった。もうほんの少しの間しか、フォースと一緒に居ることができないのだ。探す必要もない程側にいてくれた、この甲冑に赤いマントの後ろ姿もしばらくは、いや、もしかしたらもう二度と見ることができなくなる。
リディアは、フォースがライザナルへ行くのを止めた方がよかったかもしれないという迷いを抱えていた。でも、もしも自分のそんな我が儘を、フォースがくんでしまったら。そんなモノでフォースを縛り付けたくはない。でも。
リディアのノドの奥で、行かないで、という言葉が疼いている。飲み込もうとしても飲み込めず、はき出そうとしてもはき出せない。何度も唇を開きかけ、声を出せずに口を結んだ。
前方、鐘のある場所への出口から、光が差し込んでいる。フォースがその光に包まれ、見えなくなりそうな感覚に、リディアは足を速めた。