レイシャルメモリー 3-10


 まっすぐ北側へ向かったフォースの数歩後ろで、リディアは立ち止まった。二度と会えないかもしれない。忘れられてしまうかもしれない。変わってしまうかもしれない。そう思うとリディアには、そこにいるフォースとの距離が、とてつもなく遠く感じた。
 深呼吸なのかため息なのか、フォースが大きくついた息が聞こえてきた。隣に来ないリディアを訝しく思ったのか、フォースが少し後ろにいるリディアを振り返る。
「とにかく、行ってくるよ。ライザナルを全部見てくる」
 そう言うと、フォースは北に視線を戻した。日が昇ってきて、あたりがオレンジ色の光に包まれてくる。
「ジェイストークと会うのが、あの辺り、反目の岩って呼ばれているところで、ドナはその北西。城都、とは呼ばないか、一番でかい街がマクラーンっていって、ずっと北にあるらしいんだ」
 フォースの指が、どこか知らない場所を指さし、声が知らない名前をたどっている。
 今、止めなければ、きっと後悔するだろう。でも、止めてはいけないと反対側の自分が引き留める。声にならない声が浅い息になり、唇の薄い隙間から何度もはき出された。
 フォースはもう一度リディアを振り返った。微苦笑を浮かべたフォースから、リディアは目をそらすようにうつむく。その視界に、リディアに向き直ったフォースの足元が入ってきて、リディアは身体を硬くして瞳を閉じた。その身体を暖かな腕に包み込まれる。
「俺、帰ってくるよ。それが駄目なら迎えに来る」
 耳元でささやかれた声に、リディアは息をのんだ。フォースは嘘になるのを怖れているかのように、約束はできないと言っていた。でも。
「待っていて、必ずだ。もしもその時リディアに他の奴がいたら、戦争起こして奪ってでも連れて行くからな」
 その言葉に思わず目を丸くして、リディアはフォースを見上げた。
「本気だよ、俺」
 真剣な瞳がリディアの視線を迎え入れた。髪に指が差し入れられ唇が重ねられる。リディアのノドに張り付いていた言葉も不安も何もかもを、フォースは強引にすくい取っていく。
「覚悟しておいて」
 深いキスで閉じていた目を解放して、朝日を受けて紺色に輝く瞳を見上げ、リディアはしっかりとうなずいた。息ができなくなりそうなほど、フォースの腕に力がこもる。
「愛してるよ。愛してる」
 リディアはその息苦しさがひたすら嬉しく、そして離ればなれになるからこその、この約束が悲しかった。

第1部6章1-1へ


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