レイシャルメモリー 1-03
「斬られた痕跡が」
ジェイストークの控えめな声に、アルトスは静かにうなずいた。それを見定めて、ジェイストークは言葉をつなげる。
「誰が斬ったかは、結局分からずじまいだ。その場に居たレイクス様しか知らないと、村の人間は口を揃える」
「本人に聞けばいい」
アルトスは、新しい棺の中に横たわる亡骸に目を落としたまま、つぶやくように言った。
仕事だから見ているのではない。レクタードには、二人の雰囲気がそう見えた。常に飄々としているジェイストークの懐旧の情を感じ、いつもは表情を動かさないアルトスの怒りすら見える。当時のことは知らないが、この二人も父と同じように、エレンという人に心を寄せていたのは間違いないのだろう。レクタードは、どうやっても自分だけ関与できない疎外感を感じていた。
空になった古い木棺が、四人の神官によって運ばれていく。神官達は扉付近で壁に寄り、深々と頭を下げた。その横を通り、皇帝クロフォードと神官マクヴァルが、講堂へと入ってくる。レクタードは、アルトスとジェイストークと一緒に、後ろに下がってひざまずいた。
クロフォードは、まっすぐにエレンが横たわる棺の横まで進んだ。笑ったのか睨んだのか、マクヴァルは目を細めて棺の中を見ると、祭壇の前に立ち、教義の暗唱を始める。マクヴァルの声が朗々と流れる中、クロフォードが、棺の中にその手を差し入れた。
「何度そなたの夢を見たことか」
微かな声と震えた呼吸が空気を伝わり、レクタードの元にも届いてくる。レクタードは、クロフォードから目をそらすようにアルトスを見た。アルトスは黙って前方に視線を向けている。
「しかし、夢など見るごと辛くなるだけだ。この手は、もうどうやっても届かんのだな」
マクヴァルの声が揺れ、一息置いてから朗誦を続ける。アルトスは気になったのかチラッとだけ視線を向けたが、クロフォードは気にする風もなく、ジェイストークを手で招き寄せた。
「親書は」
ジェイストークはクロフォードの側まで進み、再びひざまずく。
「昨晩届けられているはずです。近いうちに返答があるかと」
マクヴァルは教義の一節を終えると、祈りの姿勢のまま祭壇に深く礼をした。マクヴァルは、そのまま口の中で教義を小さく唱え続けている。
「遅くとも五日後には会えるのだな?」
「はい。間違いなく」
ジェイストークの返答に、クロフォードは納得したようにゆっくりとうなずいた。どうしてそんなに確信を持って言えるのかと、レクタードはうつむき、まわりに気付かれないよう自嘲を苦笑に変える。
「レクタード」
レクタードは顔を上げ、そこではじめてクロフォードに呼ばれたのだと気付いた。ひざまずいたままだったレクタードは、慌てて立ち上がり、クロフォードの前へと進む。