レイシャルメモリー 1-05


「クロフォード様のお気持ちが落ち着かれている時がよろしいでしょう。時期を見ていただけたことは嬉しかったですよ」
「時期なんて考えてない。ただ言えなかっただけで」
 ため息混じりに言い終えた時、扉の動く音がして、レクタードは振り返った。アルトスの後から出てきた神官が、抜き身の短剣を鞘と揃えてアルトスに渡している。
 レクタードはジェイストークに向き直った。
「そういえば、アルトスは一緒に行くのか?」
「行くと言いましたでしょう」
 絶対言っていないと、よほど反論しようと思ったが、レクタードは言うだけ無駄な気がして肩をすくめるにとどめた。
「そろそろ出発しなければなりません。何かご伝言はありますか?」
 ジェイストークが向けてくる変わらない笑顔に、レクタードは目を細めて考え込んだ。
 スティアには、こっちへ戻る時にすべて伝えたはずだった。なのに、伝えたい気持ちは尽きることなく湧いてくる。もしかしたら、この腕で抱きしめて、ずっと言葉で伝え続けても、感情を残らず伝えることはできないのかもしれない。だったら。
「フォース、いやレイクスに。来なかったら殺してやると。メナウルだろうがどこだろうが地の果てまで追いかけて、その骸を見るまで諦めはしないと」
「殺してこなくていいんですか?」
 真顔を向けたジェイストークに、レクタードは笑って見せた。
「試してるのか?」
「いえ。そんなつもりは」
 レクタードは、安心したように微笑んだジェイストークを責めようとは微塵も考えていなかった。むしろ、もう一度聞いてくれたことに感謝したいと思う。
「それもいいんだけど。フォースを殺してスティアを連れてきても、ただ無駄にスティアを苦しめてしまうだろう? それに、俺はやっぱり父を裏切ることができないみたいだ」
 そして、もしも殺さなければならなくなったら、その時は自分の手で事を起こそうとレクタードは思った。ジェイストークは、レクタードのそんな思いを知ってか知らずか、フォースではなくレイクス様ですと、口癖になったかのように同じ台詞を繰り返し、笑っている。
 扉の閉まる音がして振り向くと、神官との話しが終わったのだろう、アルトスが二人に近づいてきた。
「部屋までお送りします」
 アルトスの言葉に、レクタードは微笑を浮かべてうなずいた。

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