レイシャルメモリー 1-06


   ***

「では、私は奥へまいります。なにかございましたら、そこの神官にお申し付けください」
 マクヴァルのかけた声に、クロフォードは棺を見つめたままうなずいた。マクヴァルは丁寧に礼をすると、講堂の裏側へ通じる廊下へと入った。そこから脇にそれるように、新しく切り取られて設置されたばかりの石の階段を地下へと下りる。螺旋になったその石段を降りきり、突きあたりにある木の扉を開けて中へと入った。
 部屋には数本のロウソクが灯され、奥の石台には黒曜石で出来た鏡が設置されている。マクヴァルはその前まで進むと苦痛に歪めた自分の顔を眺めた。胸を撫で降ろすようにゆっくり手を動かしながら、口の中でブツブツと邪術の呪文を唱える。同時に呪文を最初に唱えた時の記憶が蘇ってきた。
 マクヴァルが、まだ死を経験する前のことだ。シェイド神の降臨を受け、それが最後の降臨だと神から聞いた事実は、神殿の人間に大きな衝撃を与えた。このままでは神は二度と降臨せず、この世に手を差し伸べることもなく、ただ漠然とした存在となってしまう。うろたえた彼らは、神を人間の魂に封じ込めるという一つの邪術を探し出し、その邪術を発動させたのだ。その行動は、神官以外の人間に知られることはなかった。そしてその魂は、神を抱えたまま一度死んだ。
 マクヴァルは、呪文で楽になった身体に安堵するように、大きく息を吐き出した。
 シェイド神は、生まれた時から既にこの魂の中にいた。邪術のことも、教義も、すべて魂が記憶として持っている。そんなマクヴァルが三歳ですべての教義を暗唱してみせることなど、難しくもなんともなかった。そして十歳の時、たった今降臨を受けたということにし、神を宿す人間として正式に神官となったのだ。その事実を目で見た者は、マクヴァル以外には一人も残っていない。そして今現在事実を知るものは、位の高い神官が数名のみとなっている。
 マクヴァルの記憶の中で、呪文が必要になるほどシェイド神が抵抗を見せたのはこれで二度目だった。一度目はシアネルの神アネシス、巫女だったエレンが側にいた時だ。一時期意識がもうろうとしてしまい、自分が何をしていたのか記憶がハッキリしないほどの大きな抵抗をシェイド神は示した。その間の出来事で思い出せたのは、シェイド神が繰り返していた、火に風の影落つ、という言葉の破片だけしかない。
 今、再びシェイド神が抵抗を見せるのは、シャイア神が近くにいるからなのだろう。シャイア神もシェイド神の存在に気付いているに違いないのだ、アネシス神の時のようなことのないよう、気を付けねばならない。そして。
「神の守護者と族外の者にもうけられし子は武器を持つ。その者、神との契約により媒体を身に着け戦士となる。媒体ある限り神の力はその者に対して無効となる」
 マクヴァルは、神の守護者である老人の持っていた知識から引き出した言葉を、一つ一つ噛みしめるように暗唱した。
 レイクスは戦士という神の道具なのだ。レイクスをシェイド神の戦士とすることができれば、どれほどの利用価値があることだろう。しかし、もしもシャイア神の物ならば、早いうちに葬り去らねばならない。だがレイクスは継承者争いのただ中にいるのだ。殺される理由も遣りようも、その気になれば腐るほどある。いつでも対処は出来るだろう。
「まずは、その戦士とやらに、お目通しさせていただくとするか」
 マクヴァルは鏡に向かい、ブツブツと呪文を唱えはじめる。黒く輝く鏡面に、ドナを離れていくアルトスとジェイストークが少しずつ浮かび上がってきた。

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