レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第1部6章 決意と約束
2. 道程 01
――フォース、戦士よ――
ひどく遠いところから、シャイア神の声が聞こえた気がした。空耳だろうか。それとも。離れると神の声も遠くなるのかと漠然と思い、フォースは、その声を振り切るように首を横に振った。ヴァレスからは、もうずいぶんと離れている。
森の中、獣道のような細い道を四人、ウィンを先に立たせてバックス、フォース、その後ろにナルエスという順番で、歩みを進めていた。この先には反目の岩と呼ばれる場所がある。道にはみ出した枝が、時折それぞれの鎧に当たってパチパチと音を立てた。
その日、陽が昇りきらないうちに、バックスは神殿に戻った。バックスが戻ったのを鐘塔から見つけると、フォースはバックスにリディアとスティアの警備を任せ、ナルエスのいる部屋でメナウルの鎧を外し、自前の鎧と着け替えた。そして、時を置かずにヴァレス神殿を出発したのだ。
フォースはその足で留置されていたウィンを連れ出し、ナルエス、バックスと共に反目の岩へと向かっている。
「しかしお前、本当にレイクスなのか?」
ウィンがこの言葉を口にするのは、森に入ってから既に三度目だ。
「何度も同じ事を言わせるな」
答えるつもりがないのか硬い表情のまま何も言わないフォースに代わり、ナルエスが口を開いた。
「だいたい、瞳が濃紺で髪が陛下と同じ色、歳まで一致しているというのに、気付かない方がどうかしている」
「与えられた任務だけ、どうにかしてこなそうと必死だったからな」
ウィンは、女神の降臨があればその巫女を殺せと命令されてメナウルに入り込み、時が来るまで兵士として過ごしていた。上位騎士だったフォースがリディアの護衛に付いたことで、リディアが降臨を受けたものと勘違いし、リディアを殺そうと狙って掴まったのだ。その時の仲間は、一人が階段から落ちた時に剣が首に当たって死に、もう一人は城のバルコニーから飛び降りて命を失っている。
その記憶を蘇らせたのか、顔をしかめたウィンの言葉に、ナルエスが呆れたように息をついた。
「諜報部の人間の考えることは理解できない」
「気付かなかったわけじゃない。他のことはどうでもよかった。簡単だろ?」
ウィンは、フンと鼻で笑って後ろを歩いているフォースをうかがった。フォースは眉を寄せ、口を結んだまま視線を落とし気味にし、ただ黙々と歩いている。
「そういえば、巫女は連れて行かないのか? 結局あのソリストが降臨を受けたんだろう?」
フォースはハッとしたように顔を上げた。ウィンは、フォースに意味ありげな微笑を残し、前に視線を戻す。
「連れて行って嫁にするには丁度よかったんじゃないのか? ライザナルの王家は、他国の巫女優先だぜ?」
「そんなことが出来るかっ」
吐き捨てるように言ったフォースに、ウィンはのどの奥で笑い声をたてる。
「なんだ、知ってんのか。一度だけあのヒヒジジイに抱かせてやれば、あとはいくらでも好きに出来るかもしれねぇってのに。その一度が許せないなんて、結構石頭なんだな」