レイシャルメモリー 2-02


「いい加減にしないか。レイクス様になんて口の利き方をっ。しかもマクヴァル殿をなんと」
 怒鳴り声を上げたナルエスに、フォースはため息をついた。
「別にどうだっていい」
「よくありませんっ」
 そのやりとりを聞いて、ウィンはまた可笑しそうに笑う。
「諜報部というのは横のつながりが無くてな、本当に一部の人間だけしか俺を知らないんだ。逃がそうだなんて考えが甘いぜ。巫女を殺しに戻るかもしれないぞ?」
 振り返って言ったウィンに、フォースは鋭い視線を向けた。
「今の護衛はルーフィスだ。そう簡単にいくか」
「ほぉ、そうかい。確かに、お前の時よりはずっと大変そうだが」
 ウィンの言葉に、フォースは、好きに言ってろ、と悪態をつく。ウィンは足を止め、笑っていた頬を引き締めた。
「お前が本当にレイクスだとしても、俺はセンガとダールの仇を取らなければ気が済まねぇ」
「ったく、いいから歩け」
 バックスがウィンを引っ張って前を向かせる。
 フォースは、二つの死の情景を思い出して顔をしかめた。リディアを殺そうと城のバルコニーから命を投げ出したセンガと、自分を殺し損ねて階段を転げ落ちてしまったダールと。
「そういえば、ダールって奴。最後に俺のことをクロフォード陛下って呼んだっけな。そうか、あいつの名前、ダールってんだ」
 ダールが死んだ時、シェイド神を信仰しているだろうことを分かっていて、リディアはその遺体にシャイア神の祈りを捧げた。その時もそうだったが、今のフォースには、リディアの祈りがさらに遠く感じる。
「羨ましかったんだ、あいつのこと」
「あぁ?」
 予期していなかった言葉に、ウィンは振り返った。悲しげに目を伏せたフォースの表情がクロフォードと重なる。
「お前、もしかして」
 ウィンの呼びかけに、フォースは顔を上げた。ウィンは視線をそらすように前を向く。
「いや、いい」
 ウィンは、フォースの見せる力の抜けた顔が、クロフォードに似ていると思った。最後を迎えたダールは、フォースの敵意のない顔を見て、クロフォードを感じたのかもしれない。だとしたら、フォースは階段から落ちたダールを、本気で助けようとでもしたのだろうか。
「お前が殺したんだ」
 思わず自分に言い聞かせたウィンに、フォースは呆れたように息をついた。
「ああ、そうさ。俺が殺した」
 フォースの目に、力が戻っている。ウィンはそれを一瞥すると息で笑った。否定されなかったことに安心した自分が可笑しかった。
 センガがソリストを抱えてバルコニーから身を投げ出した時も、フォースはそのソリストを助けるために同じバルコニーから飛び降りている。センガは、自分の命と引き替えに、ソリストとフォースの命を奪ったつもりだったのだろうと思う。結果的に、フォースは木をクッションに使って、あのソリストを助けたのだが。

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