レイシャルメモリー 2-03
巫女だと思っていたソリストを殺害するのは、結局阻止されてしまった。だが、センガもダールも無駄死にの割には、まだ救いがあったのかもしれない。
「お前が殺したんだ」
ウィンが繰り返した言葉に、今度は面倒臭そうなため息だけが聞こえた。ウィンは、この言葉は本当に真実なのだろうかと、この時初めて疑念を抱いた。
口を閉ざしたウィンに、フォースはやっと静かになったかと一息ついた。
結局、予定よりも早く出発したために、見送りはリディアとスティアとティオ、アジルの四人だけですんだ。見送ると言っても、護衛もなく外に出てしまうと危険なので、神殿の中でなのだが。
何かレクタードに伝言はあるかと聞くと、スティアはただ首を横に振った。ティオにはリディアのことを頼み、リディアには必ず戻るともう一度伝えた。すべて納得して神殿の扉を閉めたはずだった。
とたんに身体中の血の気が引き、息苦しくなった気がした。扉を開けさえすればそこにいるはずのリディアが、ひどく遠く感じる。ライザナルへ行かなくては、ここに戻ってこられない。しかも、その帰り道がまだ見つけられずにいるのだ。その道を見つけ、ここにたどり着くまでの間は、リディアを抱きしめることも、姿を見ることも、声を聞くことすらできない。目を閉じればまぶたに居るリディアは、もうすでに過去で、ただの記憶なのだ。
「隊長?」
扉の前で警備をしていたアジルは、扉から目を離すことができないでいるフォースの顔を、訝しげに見上げた。フォースは微かな苦笑を返す。
「父が戻るまで、リディアの側にいて欲しいんだけど。俺は、……、ちょっとでかけてくる」
その言葉にナルエスが微妙に顔をしかめたのを見て、アジルはすべて悟ったかのように顔を引き締め、フォースに敬礼を向けた。
「いってらっしゃい」
アジルに返礼して、フォースは扉に背を向けた。
フォースはその時、レクタードが言っていたスティアは強い人だという言葉に、文句なくうなずけると思った。リディアの所へ帰ってくるために、今はここを離れ、とにかく進まなければならない。神殿を後にし、フォースは本能のように足を踏み出した。
森は相変わらず枝葉が空を網目のように覆い、生き生きとした緑が広がっている。こんな目的で歩いているのでなければ、きっと木々の放つ香りに癒され、気持ちも落ち着くのだろうとフォースは思った。だが、今は脱力感に支配されている。これではいけないと思いながら、フォースは無気力な状態からどうしても逃れられずにいた。
「あれ、ハヤブサ? ファルじゃないか?」
バックスの声に、フォースはバックスの視線をたどって空を見上げた。少しの間をおいて、ファルの影が何度も木々の上スレスレを横切っていく。
「ホントだ」
「ここが分かっているみたいだな」
バックスの言葉にうなずいて見せ、フォースはもう一度木々の上を透かして見る。また二、三度行き来して、ファルはどこへ行ったのか見えなくなった。