レイシャルメモリー 2-04


   ***

 閉じられた扉に、リディアはそっと手を触れた。この扉を開けば、まだフォースの後ろ姿くらいは見ることができるだろう。でも、思い出す最後の姿は後ろ姿よりも、フォースが残してくれた微笑みの方がいいと思う。
「何かあったのですか?」
 部屋に入ってきたナシュアが声をかけてきた。その後ろにユリアもいる。黙ったままでいたスティアが、笑みを浮かべようとして顔を歪めた。
 コンコンと扉がノックされ、アジルが顔を出した。
「リディアさん? ルーフィス殿が戻られるまで、護衛いたします」
「お願いします」
 リディアは丁寧に頭を下げた。ユリアは驚きに目を丸くする。
「フォースさんは? いないんですか?」
 ユリアの問いに、リディアは視線をそらしてうつむいた。
「もしかして、本当に行かせちゃったの?」
 やはりユリアも知っていたのかと、リディアはつきたかったため息を隠した。ユリアはリディアに詰め寄って腕を取り、顔を突き合わせる。
「どうして止めなかったの!」
「行かせたのは私よ! 自分が止められないからって、リディアを責めるのはやめて!」
 スティアは、部屋中に響き渡る声で叫ぶと、目を見張っているユリアを残して神殿への廊下に駆け込んでいく。ナシュアは少し迷ったようだったが、スティアの後を追った。アジルは呆気にとられてコトの成り行きを眺めている。
 ティオが駆け寄ってきて、リディアの手を取った。ユリアは、うつむいたままのリディアから手を離す。
「疎ましいんでしょう? 分かっているわ。嫌われているくせに、いつまでもうるさい奴だって思っているんでしょう」
 リディアはユリアと視線を合わせ、ゆっくりと首を横に振る。
「そんなこと。フォースを想う気持ちは、同じだと思ってます」
「言葉ではいくらでも言えるわよね」
「でも、私もフォースに助けられて知り合ったし、ずっと片思いだったし」
 リディアのつぶやくような声に、ユリアはフフッと吐き出した息で笑う。
「同じ気持ちだなんてことないわ。私があなたなら止める。ライザナルなんか、あんなひどい国なんかに行かせたりはしないもの」
 ユリアの突き刺すような視線に、リディアはただその身体をさらした。
 ユリアが責めるのは、もっともなことだとも思う。だが、リディアはライザナルがただ悪い国だとは、どうしても思えなかった。意味もなく他国を責める国があるとは思いたくないというのもある。そして何より、フォースの父親が皇帝なのだ。この長きにわたる戦争も、きっと何か訳があってのことだろうし、フォースが行くことによって状況も変わると信じたい。

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