レイシャルメモリー 2-06
リディアは、振り返ればいつものテーブルの隅に、フォースがいるような気がした。だが、後ろを向いてしまえば、そこにいないことが身にしみてしまう。リディアは後ろを確認したい気持ちを抑えつけて、二階の廊下へと進んだ。
奥に目を向けると、フォースが使っていた部屋のドアが、少し空いたままになっているのが目に入った。そのドアを閉じようと歩み寄り、隙間から見えた騎士の鎧に視線が吸い込まれる。
リディアは思わずその部屋へと入った。ティオが後ろから入ってきてアジルを通し、ドアを閉める。リディアは無造作においてある赤いマントを手にし、きちんと畳んだ。そのマントをどこにも置くことができず、リディアはマントを手にしたままベッドの端に腰掛け、脱ぎ捨ててある鎧を見下ろす。
私は止めない方を選んだのだと、リディアは自分に言い聞かせた。だから泣かない。後悔もしたくない。だが、寂しさだけはどうすることもできそうになかった。泣きたくなくて噛んだ唇が震えている。胸の痛みを押さえつけるように、リディアはマントをきつく抱きしめた。
その胸の奥で、虹色の光がドクンと大きく拍動した。シャイア神だ。何か伝えてくるのだろうかと、リディアは耳を傾けるようにその光に集中した。その光はリディアの胸の痛みをたどるように、脈打っている。
――フォース――
「フォース? 反目の岩に……」
同じように鎧を眺め、珍しいほど静かにしていたティオは、その声に答えるように言うと、表情を緊張させる。
虹色の意識が、胸の奥でどんどん大きさを増してくる。
――シェイド――
リディアに届いた言葉は、ライザナルの神の名だ。だが、会いたい、会わねばならない、そういう感情が後を追って響いてくる。フォースに? まさかシェイド神に?
「アジルさん、シャイア様が」
アジルの袖を掴もうとした手から、虹色の光がアジルに飛び移り染みこんだ。
「ええ、分かって、ま……」
アジルはゆっくりとベッドの方へ倒れ込んだ。
「アジルさん、アジルさん?!」
驚いたリディアは、焦ってアジルの名前を呼びながら揺り動かしたが返事がない。
「シャイア様……?」
リディアは、アジルの意識を奪ったのは、シャイア神なのかもしれないと気付いた。そして、シャイア神の意識が表に出てしまっても、今はシャイア神が何をするのか見ていてくれる人が誰もいないことに、リディアは恐怖した。もしもシャイア神が、シェイド神に会いに行ってしまったとしたら。