レイシャルメモリー 2-07
「シャイア様、待って、お願い……」
(お嬢さんも降臨を受けているんだろう? ライザナルに行ってはいけないよ。なにされるか分かったものじゃない。いいね?)
薬屋のタスリルに聞いた話が頭に蘇ってくる。巫女は神の子を宿して王家に嫁ぐ、つまりは降臨を受けた物同士で、そしてその上皇帝とも情交を結ばされてしまうのだ。虹色の意識が急激に膨らみ、身体からあふれてくる。リディアは、震えが走った身体を、マントごと自分の腕で抱きしめた。
「フォース、怖い、フォース……」
リディアの瞳の緑がさらに濃くなりはじめ、どんどんその恐怖も遠くなっていく。ティオの顔からも表情が消えた。
リディアの中のシャイア神が、リディアの身体と共にゆっくりと立ち上がり、抱きしめていたマントがバサッと床に落ちる。前を見つめている瞳は、完全にシャイア神の物と入れ替わっていた。
――リディア――
シャイア神は語りかけるように、リディアの口でその名を呼んだ。
――行きましょう――
***
「リディアさん?」
二階へと上がってきたナシュアは、フォースが使っていた部屋のドアが開いていることに気付いた。リディアはそこにいるのだろう。そう思って部屋を覗くと、真っ先にアジルが倒れているのが目に入った。ナシュアは驚いて部屋に飛び込む。
「アジルさん! アジルさん?!」
側に畳んだ状態で床に落ちている赤いマントが目に入ってくる。何かあったのは間違いない。
「アジルさんっ!」
ゆっくりとアジルの意識が戻ってきた。ボーッとした頭で半身を起こし、頭を振る。
「アジルさん、リディアさんは?」
「リディ……、あっ?! シャイア神は?」
アジルは飛び起きて、ナシュアと向き合う。
「シャイア神が出てきて、虹色の光に気を失わされて」
「シャイア様にですか?」
目を丸くしたナシュアに、アジルはうなずいて見せた。
「ティオが隊長の名前を呼んでたんです、とにかく追ってみます」
アジルは部屋を飛び出しかけ、顔だけ振り返る。
「リディアさんを捜索するようにと軍の者に伝えてください」
それだけ言い残すと、アジルはバタバタと駆けだしていった。