レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第1部6章 決意と約束
3. 届かない手 01


 木々に囲まれた空間の中にそこはあった。小さな屋敷一軒ほどの大きさの岩が真っ二つに割れ、その割れ目は人一人が通れるだけの道になっている。その岩の壁は、全体にビロードを貼ったように苔で隙間無く覆われ、瑞々しい緑をしていた。
 フォースは、その緑の壁をそっと撫でた。触った部分が岩からしみ出る水に浸され、少しの間緑が深くなり、その水からは陽が溶けたような香りが立ちのぼる。ナルエスが、足を止めたフォースから一歩下がった位置に立った。
「ここはいつ来ても荘厳ですね。ちょうど守護神同士で争ったかのように綺麗に分かれていて。こちらがライザナル側、そちらがメナウル側」
 ナルエスを一瞥して視線を岩へと戻し、フォースは顔をしかめる。
「嫌な言い方だな。なんだか絶対に折り合いがつくことはないという象徴のような気がしてくる」
「ええ、無理なんですよ。互いの国に守護神がいらっしゃる限りは」
 ナルエスがしっかりと言い切ってしまった言葉に、フォースは眉を寄せて目を細めた。戦を起こしたというシェイド神の真意をこそ、フォースは知りたいと思う。そしてその答えはライザナルにある。たぶん戦をやめさせる方法も。ただ手ぶらでメナウルに帰るわけにはいかないのだ。
 いつも着けていた騎士の鎧よりも随分軽い簡易鎧を着けているフォースだったが、その重さを差し引いても比べ物にならないくらいの重圧がのしかかってくる。
「反目の岩とは、よく言ったものだよな」
 バックスが、ウィンを確保したままつぶやいた。ウィンは相変わらず横目でチラチラとフォースを窺っている。
 フォースは声にならないよう、静かにため息をついた。反目の岩などという名前が付いていても、父ルーフィスと母エレンはここで出会い、一緒になったのだ。終わりは悲しいモノだったが、睨み合い、いがみ合うような仲ではなかった。もし本当にシャイア神とシェイド神が反目して割れた岩なのだとしても、これほど苔むすまでの時間が経っているのだ、何か良計が無いとも限らない。決して諦めるわけにはいかない。
 フォースが岩を見上げると、その先の空をファルが横切った。ヒヤッとした岩に手を付き、その行方を追う。ファルは上空で小さく円を描き、ヴァレスの方角へと飛び去っていった。
 ――シェイド――
 不意にシャイア神の声が、フォースの脳裏に響いた。リディアの側にいて聞いた声よりは遠い。だが、これは間違いなくシャイア神の声だ。もし、空耳だと思っていた自分を呼んだ声もシャイア神のモノだったとしたら、シャイア神がリディアの身体ごとライザナルに近づいていることになる。しかもシャイア神はシェイド神の名を呼んだのだ。まっすぐシェイド神のいる場所へ向かっているとしたら。フォースの頭から指先から血の気が引き、胸の鼓動が大きくなってくる。

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