レイシャルメモリー 3-07
リディアは側の木を背にしてフォースを座らせた。袖をまくり上げ、傷口に口を付けて毒を吸い出し、地面に吐き捨てる。リディアの身体からあふれ出た虹色の光がフォースをも包み込んでいく。
「やめろ、口から毒が、入ったら……」
フォースの力のない声に、リディアは泣き出したくなる気持ちを抑えつけた。
「お願い、しゃべらないで。じっとしてて」
リディアはスカートを細長く裂き、傷の上部をきつく縛る。これ以上どうしていいか分からず、リディアは不安げにフォースの表情をのぞき込んだ。
「リディ……」
フォースがリディアの頬に手を伸ばす。その手からどんどん力が抜けていき、リディアに触れることなく地面に落ちた。瞼は閉じられ、浅く短い息を繰り返している。
「フォース、目を開けて。フォース……」
返事のないフォースの半身を、リディアはそっと抱きしめた。我に返ったジェイストークがアルトスの肩プレートを引く。
「アルトス! 早くなんとかしないと死んでしまう!」
「私は毒など……」
「そんなことは分かっている。ドナに戻って手当を!」
アルトスは正気を取り戻したようにジェイストークに視線を向けると、リディアの前にひざまずき頭を下げた。
「手当、ありがとうございます。この毒ならレイクス様の種族の解毒剤がドナにあります。一刻を争いますので」
アルトスがリディアの腕の中からフォースを抱き上げようとするのを、バックスが割って入って引き留める。
「剣に毒を塗るような奴は信用できない」
アルトスはバックスの言葉に厳しい顔を向けた。リディアはバックスの腕を引いて首を横に振って見せ、アルトスに向き直る。
「早く行ってください。必ず助けて」
アルトスはその言葉を噛みしめるようにリディアに敬礼し、フォースを抱え上げた。
「失礼します」
アルトスは、座り込んだままのリディアに改めて礼を向けると、馬を待たせてある道の方へと走り出していった。ジェイストークも後に続く。二人を見送った後、ナルエスはリディアの前にひざまずいた。
「とにかく、経過をお知らせするよう努力します」
リディアがなんとかうなずいて見せると、ナルエスも敬礼を残し、ドナの方角へと姿を消した。
リディアは、つい今までフォースが居た空間を見つめた。ふと光を反射する物が視界に入ってくる。そこにはフォースがいつも携帯していた短剣があった。鞘に手をかけてそっと拾い上げ、胸に抱きしめる。今まで息をするのを忘れていたかと思うほど、息がのどを通るのを感じ、息が抜けていった分だけ身体から力が抜けた。