レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第1部6章 決意と約束
4. 涙の向こう側 01


 反目の岩から馬を繋いであった道まで出るあいだに、バックスは起こったことのすべてをボツボツと細切れに口にして、アジルとブラッドに伝えた。バックスは、何も言わないリディアに歩く速さを合わせていたために、その道程は来た時に比べて遠く感じるのだと思っていた。だが、肩にのしかかる空気も確実に重くなっていて、足が思うように進んでいないのも事実だった。
 馬の所まで来た時、アジルの背中にいたティオが、ようやく目を覚ます。まわりを見回し、リディアの表情と感情を見て、ティオは起こったことを把握したようだ。じかに心の中が見えてしまうティオには、やはりショックだったのだろう、リディアにつられるように表情が暗くなった。それでもティオは虚勢を張って明るく振る舞い、フォースが乗ってきた馬と話をして、リディアと一緒に騎乗した。そして、バックスがナルエスを乗せてきた馬を引き、アジルとブラッドの馬を合わせた五頭で、ヴァレスの街まで戻った。
 五頭もの馬の数に巫女の姿まであれば、当然のように目立つ。街へ入ってからは、自然と人の視線が集まった。人々にとっては、巫女がいるのだがマントの赤がなく、何か物足りない情景に見えただけだったかもしれない。だがリディアにとって、その視線は胸を突き通されるように痛かった。
 リディアは、目に入ってくるすべてが煩わしく、何も見ない、聞かないつもりで、小さな子供の姿でいるティオの後頭部と馬の背中だけをボーッと見ていた。その視界に心配げなティオの顔が飛び込んでくる。
「リディア? 着いたよ?」
 ティオの顔と声で、リディアは我に返った。視線を上げると、見慣れたはずの神殿がそこにある。確かに同じ神殿なのだが、リディアの瞳には、幾分色あせて映った。
 馬をアジルとブラッドに任せ、リディアは、バックス、ティオと一緒に神殿の中へと向かった。門、庭の井戸、神殿裏の扉の向こう側。リディアはそこかしこにフォースの影を感じた。そのためフォースが居ないという事実だけで、行く場所すべてに裏切られているように感じてしまう。
 バックスが扉をノックした。内側から扉が開かれる。
「戻りました」
 バックスの言葉にうなずいて、ルーフィスは三人を部屋へと迎え入れた。それからユリアに飲み物を持ってくるようにと言い付ける。ユリアが廊下に消えると、ルーフィスはリディアの背に手を置いた。
「報告はバックスから受けるからね。何も心配はいらない」
 リディアは、ルーフィスの指し示した椅子に座り、大きく息をついた。そして思わずその部屋を見回す。テーブルの端の椅子、二階への階段の先、神殿に続く廊下の奥、一瞬だけ見えたような気がするその姿を追って視線を向けてみるのだが、やはりただ無機質な空間があるだけだ。

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