レイシャルメモリー 4-05
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「こっち。こっちだよ、バックス」
ティオは元々の自分の大きさだろう巨大な姿で、術師街まで走り続けていた。後をついてくるバックスは息が上がっていて、ろくに言葉を発することもできず、ただウンウンとうなずきながら必死に後を追っている。
毒のことも治す方法も分かって、しかも解決までできる確率は少ないかもしれないと、バックスは思う。だが今は、どんな小さな可能性でも、すがってみる以外に手はないのだ。まったく関係ないとは分かっていても、リディアが助かればフォースも助かるような気がする。国のためと、フォースのために。失うわけにはいかない人なのだ。
ふと、ティオが走りながら身体を小さくしはじめた。もう近いのだろう、バックスがそう思った瞬間に、ティオは左手の階段を下りはじめた。ようやく着いたのかと幾分安心しながらバックスも後に続く。
「婆ちゃん、大変なんだ!」
扉を開けるのももどかしく部屋に飛び込んだティオの目の前で、ボンッと音がし、灰色の煙が丸く上がった。
「驚かすんじゃないよっ」
その煙が薄れた向こう側に、顔をしかめたタスリルが見えてくる。
「うわ」
ティオの後ろから入ってきたバックスが、子供向けの絵本に魔女として載っているような深いシワを持ったタスリルの顔を見て、思わず驚きの声を上げた。
「メナウルの騎士は、失礼だねぇ」
そのシワを不機嫌に歪め、タスリルは鎧姿のバックスに視線を投げる。
「すっ、すみませんっ」
慌てたバックスは、敬礼したまま勢いよく頭を下げた。タスリルはそれをフッと空気で笑う。
「まぁいいが。ティオ? お前さんもだよ。私はお前さんより随分若いはずさね」
タスリルの言葉にティオは、あ、そうか、と手をポンと叩く。
「お嬢、さん?」
「……、いや、タスリルさんとお呼び。で? 何が大変なんだい?」
タスリルの問いかけにハッとして、ティオはタスリルと顔を突き合わせた。
「リディアが毒を飲んじゃったかもしれないんだ」
「あの娘が、かい?」
タスリルは難しげに眉を寄せると、ため息をつく。
「そんなことをしそうな娘には見えなかったけどね」
バックスはタスリルの勘違いに焦り、いいえ、と首を横に振った。
「フォースが毒を塗った剣で斬られて、リディアさんが手当てをした時に、口から毒が入ったのではと思うのですが」
「なんだって? そんなことが。それでレイクスは生きているのかい?」
リディアが自殺しようとしたのではないと知り、タスリルの顔色が変わった。バックスは顔をしかめる。