レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第2部1章 憂愁の深底
1. 覚めない悪夢 01


 サーディが二階に上がると、女神の部屋のドアを直しているブラッドが目に入った。立ち上がって向けてくる敬礼に手をあげて答え、通り過ぎる。ブラッドの表情の暗さから、リディアの様子に何ら変わりがないことが伝わってきた。しかも、一晩経った今でも、ドナへ連れて行かれたフォースの安否は分からないままだ。
 リディアは、フォースが使っていた部屋を使っている。窓がないので幾らかでも安全性が高いだろうと思ってのことだ。
 その部屋の前には、ルーフィスが見張りに立っていた。敬礼を向けた顔に疲労が見える。ルーフィスにとってフォースは今まで育ててきた息子なのだ。しかもリディアまでが、毒の影響で倒れてしまっている。無理もないとサーディは思った。この状況で、休めと言っていいものかも判断がつかない。
 結局、何も言えずに挨拶だけして部屋へと入った。中にいたユリアと目が合う。ユリアはサーディに向き直った。
「薬は? まだなんですか?」
「バックスから半日ほどでと連絡があったのが昨日の晩だから、もう少しでできるはずだよ」
 サーディは、心配しているような素振りのユリアを見て微笑した。
「やっぱり心配、してるんだ」
 サーディの言葉に、ユリアは不機嫌に眉を寄せる。
「嫌味なんですよね、あんなふうに倒れられるのって。まるで私のせいみたいじゃないですか」
「そうは思わないよ。毒のせいだ」
「私がそう思うんです」
 ユリアはツンと視線を逸らすと、面倒ばっかり、などとつぶやきながら、リディアの額にうっすらと浮かんだ汗を、手にしていたタオルでそっとぬぐった。サーディが不安そうにその手元をじっと見ていることに気付いたユリアは、短くため息をつく。
「疑っているんですね。私が何かすると思って」
「いや、そんなことは」
「何もしないわ。こんなことのために国まで裏切ろうなんて思いません」
 ユリアの言葉にホッとしたことで、幾らかの不安を持っていたことに気付き、サーディは苦笑を漏らした。ユリアは、ベッドの横にある台の上でタオルを水に浸しながら、サーディの表情をうかがう。
「サーディ様も、この娘が好きなんですね」
「え? 好きだなんて……、いや、そうかも。あ、でも、愛してるとかそんなんじゃ」
 サーディの慌てた様子を見て、ユリアは苦笑した。タオルを絞る手に力を込める。
「そのくらいっ、分かります」
「ホントに? でも君は」

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