レイシャルメモリー 1-04


 リディアは驚いた顔でユリアを見つめると、力が抜けたように頬を緩ませた。
「……ありがとう」
 弱々しい声の、その返事が思いがけないモノだったのか、ユリアは慌てたように視線を泳がせる。
「何言ってるのよ。みんなが迷惑を被っているの、そんな気安い返事をしてるんじゃないわよっ」
「ごめんなさい。でも、ありがとう」
 リディアが呼吸の合間にゆっくりと繰り返した言葉に、ユリアは眉を寄せてそっぽを向いた。それを見てタスリルは微笑みに目を細め、リディアに向き直って頬を撫でる。
「身体が疲れてるだろ。まず眠りなさい。もう一度薬を作ってくるからね。そうしたら、しばらく側にいてあげよう」
 タスリルの言葉にリディアは、お願いします、とかすれる声でつぶやき頭を下げた。タスリルは何度か軽くうなずく。
「きちんと眠るんだよ?」
 リディアがうなずいたのを見て、タスリルはティオを促し、ドアへと向かった。途中、ハタと歩みを止め、ユリアに向き直る。
「もう大丈夫だから一人にしておあげ」
「でも」
「お前さんも休憩が必要みたいだ」
 タスリルは、眉を上げてユリアの顔をのぞき込んだ。ユリアが渋々うなずくのを見て笑みを浮かべると、廊下へと出る。ルーフィス、アリシアの間を通り、バックスにもう一度行ってくるよと声をかけると、タスリルはティオを連れて階段を降りていった。リディアは見えなくなった二人を、寂しげな瞳で見送っている。サーディはその視線を遮るようにベッドの側に立った。
「連絡が来たら、すぐに知らせに来るよ」
 リディアは、一度噛みしめるように瞳を閉じてから、サーディに視線を合わせる。
「お願いします」
 弱々しいがハッキリとした返事に、サーディはうなずいて見せた。
 サーディは、ユリアを促して部屋から出、ドアを閉めた。見張りのルーフィスはもちろんだが、そこにはバックス、アリシアも留まっている。リディアの意識が戻ったことで一様に幾らかホッとしたような表情なのだが、フォースの状態が分からないので、どうしても手放しで喜ぶことができない。それぞれが定まらない視線を交わした。
「これで、向こうから連絡が来ればいいんだけど……」
 サーディは眉を寄せてため息をついた。
 リディアが口にした毒は、それほどの量とは思えないのにこの状態だ。だからこそ、じかに毒を受けてしまったフォースが、どれだけ危険な状態にあるのか容易に想像がつく。普段なら、毒が毒として作用しない普通とは違うフォースの体質が苛立たしいのだが、今はどちらにも毒として作用したという事実が重たかった。

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