レイシャルメモリー 1-05


「毒を吸い出す手当をしただけで、これだけの影響が出るなんて、フォースは……」
 アリシアはうつむいて眉を寄せたまま小さくつぶやいた。バックスはアリシアの背に手を回し、その表情をのぞき込む。
「でも、ドナに解毒剤があると言っていた。すぐに手当をすれば」
「本当? 死体でもいいから連れて帰るなんて口実じゃなく?」
 アリシアは、顔を歪めてバックスを見上げた。何も言わないが、それぞれが向ける不安な視線も、バックスには痛いほど伝わっているだろう。
「……大丈夫だ。助けようという意志は、俺にもしっかり感じられた」
 その言葉に、サーディはいくらかホッとしたような気がした。実際見てきたバックスが無事を否定してしまったら、気持ちが絶望に向かってしまうだろう。だが、本当はバックスにも、どうなっているのかなど分かるはずがない。
「フォースを狙ったのか、リディアさんをなのか、それとも両方なのか。剣に毒を塗ったのは誰なのか。何もできないのは何とも歯痒い」
 バックスは、ため息をつくように、そう口にした。つられるようにサーディも、思わず不安をはき出す。
「やっぱり敵も多いんだろうな。毒を仕掛ける奴が存在しているのは間違いないんだ」
 自分の皇太子という立場も、フォースのそれと変わりはないはずなのだ。だがフォースの場合、兄弟がいること、メナウルでの立場、ライザナルへ行く時期、そういった他の要因が何もかも悪い方へと働いているように感じてしまう。
「しかし今になって思えば、反戦運動をしていてよかったのでしょうね」
 ルーフィスは自分に言い聞かせるように、ゆっくりと言った。他のことに比べたら小さなことかもしれないが、良い方向へと考えられる唯一の後天的な要因かもしれない。サーディは、戦について話す時にフォースがよくする苦々しげな表情を、思い出していた。
 不意に、視界に入っていたユリアの身体がフラッと傾く。
「ユリアさんっ?」
 思わず支えたサーディの腕から、ユリアは逃げるように身を起こした。
「す、すみません」
「休んだ方がいいみたいね」
 アリシアが、ユリアの身体に腕を回して支える。
「本当は、みんなが休んだ方がいいと思うんだけど」
 アリシアが付け足すように言った言葉に、サーディはルーフィスとバックスに目を向けた。
「確かに、少しでも休んだ方がいい」

1-06へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP