レイシャルメモリー 1-07


「いえ。過去ではないんです。今の状況がそっくりですから。もしメナウルに残って、リディアさんと暮らすことが出来ても、フォース本人はライザナルの皇太子だし、リディアさんは人為的に降臨を解くことになるわけでしょう? ただでさえ指差される要因が揃っているんです。そんな時に、もし何かが起きてしまったら。まだ戦があるんです。ドナの時と同じように。敵はメナウルにもいるんです」
 確かに、母親を亡くし、今度はリディアを亡くしてしまうかもしれないなどと、フォースがそんな状況をそのまま受け入れるとは思えない。
「今のままじゃあ戦をしている限り、フォースの敵はライザナルだけじゃ……。いや、拘束してしまったら、俺も……」
 サーディが言葉を失って出来た静寂に、アリシアのため息が横切る。
「何も起きなくても、そんな風に特異な状態で居ることがどれだけ辛いか、フォースは知ってるわ」
 その言葉に、バックスは納得したようにうなずいた。
「そんな所にリディアさんを置きたくないってのが、きっと一番の理由なんだろうな。じれったいくらい大切で大切で、もう、どうとでもしちまえって気になっ」
 ユリアの座った視線に気付き、バックスは言葉を切った。ユリアが呆れたように息を吐き出す。
「分かってどうするんです。そんなことをしたらシャイア様が」
 サーディは力の抜けた笑いを浮かべた。いつもフォースとリディアがいた席に、無意識に視線が向く。
「でも、分かるよ、それ。フォースにとっては、シャイア様よりリディアさんの方が、よっぽど女神様なんだよな」
「分かるけど」
 アリシアは寂しげに顔を歪める。
「だったらもう少しリディアさんの気持ちを考えてあげてもいいじゃない。せめて帰ってくるって約束くらい」
「してたよ」
 その言葉に、アリシアは目を丸くしてバックスを見た。
「本当? いつ?」
「ここを出る時に、リディアさんに必ず戻るって、確かに」
 バックスの答えに、アリシアは乾いた笑い声をたてる。
「だったら、どんなになったって戻ってくるわ。そういうことじゃあ嘘をついたこと無いもの。リディアちゃんとの約束なら、なおさら……」
 その言葉とは裏腹に、アリシアは寂しげな表情を変えず、気持ちを押し込めるように口をつぐんだ。バックスは片腕で、アリシアを包み込むように抱き寄せる。アリシアが顔を覆った指の隙間から、涙が光るのが見えた。

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