レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第2部1章 憂愁の深底
2. 唇の感触 01


 部屋の隅で、薬師がもてあました両手の指を絡ませ、部屋の中央にある一台のベッドに遠慮がちに視線をやっている。そのベッドには、苦しげな息を繰り返すフォースが寝かされていた。ライザナルの皇帝クロフォードは、ベッドの側に立って上体を乗り出すようにし、眉を寄せたフォースの表情をじっと見つめている。ジェイストークはその向かい側の窓に背を寄せるように立ち、どこを見るでもなく部屋の光景に目を向けていた。
 マクヴァルが部屋に入っても、誰もが声もなく、一瞬視線をやっただけだった。
 閉めたドアの前に立ち、マクヴァルはフォースの顔を眺めて目を細めた。見れば見るほどエレンに似ている。二度と見ずに済むと思った顔が目の前にある忌々しさ、死んでしまって手を出せないエレンに対する優越感、フォースを利用できるかもしれないという期待といったものが、マクヴァルの内側で蠢いていた。
 マクヴァルにとって厄介なのは、フォースが紺色の目を持っていることだ。エレンはメナウルへ行ってから四年程で死んでいるが、エレンがどこまで神の守護者のことを、フォースに伝えているのかは分からない。
 そして宮中では、フォースも神の守護者の一員として、シェイド神の声が聞こえるのが当たり前だとの見方が大半を占めている。その点は、フォースの半分が紺色の目の血ではないから、シェイド神の声が聞こえないのだろうとでも言い張るしかないとマクヴァルは思う。紺の目の種族をよく知るものと、詳しくは事情を知らないだろうフォースを、会わせるわけにもいかない。
 だが、それでも生かしておく価値はある。フォースは神の守護者に戦士と呼ばれる存在なのだ。神の守護者は武器を持たないが、戦士は違う。神の意志に関係なく、直接武器を持ち、手をくだすことができる。
 利用することができるのならば、多少のリスクを承知で、無理にでもシェイド神とフォースに契約を交わさせるのが最良だろうとマクヴァルは思う。
 しかし、もしすでにシャイア神と契約を交わしたあとなら、このまま死んでくれたほうがいい。
 マクヴァルは、血を使った呪術で読み取った、紺色の目をした老人の言葉を声に出さずに反復した。
(神の守護者と族外の者にもうけられし子は武器を持つ。その者、神との契約により媒体を身に着け戦士となる。媒体ある限り神の力はその者に対して無効となる)
 レイクスが媒体を身に着けているかいないかは試してみればいいことだとマクヴァルは思った。契約をしていなければ、シェイド神の力はフォースに通じることになる。
 マクヴァルは静かに大きな息をつき、目立たぬように手を後ろに回した。口の中で密かに呪術の呪文を唱える。悟られないように隠した指先に、なるべく小さくシェイド神の力を溜めた。
 ふと、窓の側にいたジェイストークが、顔をしかめてベッドに背を向けた。何を思ったのかは分からないが、術の発動を見られないのはありがたい。マクヴァルは、指先に集めた僅かな力をフォースに投げた。

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