レイシャルメモリー 2-08
「レイクス、お前、まさか帰るなどと」
クロフォードが不安げにフォースの顔をのぞき込む。フォースはその視線に耐えられずに、目をそらした。
「お前は私の元に帰ってきたのだぞ、メナウルになど二度とやらん!」
「だから、逃げないって言ってる」
フォースは、クロフォードの低い声に、吐き捨てるように返し、眉を寄せた顔を向けた。クロフォードは険しい顔でフォースを見ていたが、何か思いついたように、わだかまっていた息を吐き出す。
「一年だ。一年経ったらシェイド神の教えに則って、いや、お前がライザナルを離れようと画策するようなことがあれば、すぐにでも巫女を拉致するよう行動を起こす。いいな?」
クロフォードが威圧的に言い放った言葉に、フォースは無言のまま大きく息をついた。少なくとも一年は、リディアに手を出されずに済む。そしてこんな時のために、ルーフィスに護衛を頼んできたのだ。拉致などきっと阻止してくれるだろうと思う。
とにかくこの状況では、ライザナルへ連れて来るわけにはいかない。女神が降臨を解くまでは、出来る限り阻止しなくては。
そして、会うための努力もできないのか。もし計画して少しでもばれたら、拉致を進められてしまうのだ。自分のモノではないような体の重さが、思考の邪魔をしている。
マクヴァルは、肩をすくめて薄い笑いを浮かべた。
「まぁ、巫女が生きていればの話ですがね」
マクヴァルの、生きていれば、という呟きに、フォースは一瞬耳を疑った。それからゆっくりと、リディアが手当てをしてくれた情景が思い出されてくる。マクヴァルにうなずいたクロフォードが、誰に向けるともなく、つぶやくように口を開く。
「人にもキツい毒だ。解毒剤がなければ死んでいるだろう」
その言葉に、フォースは頭の中が真っ白になった。右手が、毒を受けた左上腕を、無意識にまさぐる。そこにリディアの手があって、唇が触れた。止めようとしたが、止められなかった。頬に触れたかったが、叶わなかった。
フォースはそのまま右手をゆっくり首元に運んだが、そこにあるはずのペンタグラムを繋いだ鎖を見つけられなかった。ペンタグラムはシャイア神のお守りだからと、ここに来るまでに誰かに外されてしまったのだろうか。だがフォースは、それが女神のお守りだからではなく、リディアと交換したモノだから身に着けていた。
フォースの中に、ただリディアに会いたいという思いだけが、ますます募っていく。どこに居るんだろう。どこに行けばいい? 会うために何をすればいい? ライザナルへ来たら、心の赴くままに動こうと思っていた。でも、その心が見あたらない。
「眠りなさい」
クロフォードの言葉に、フォースは素直に瞳を閉じた。今は逆らう気力も意味も無い。でも眠れば、これがもし悪い夢ならば覚めるかもしれない。甘い考えだと分かっていても、今のフォースには、それしか出来ることは残されていなかった。