レイシャルメモリー 3-03


「マクラーンに入るまで、レクタード、ジェイストークと共に行動してもらう。日程の詳細はアルトスに伝えてあるからそれに従え。いいな?」
 そう言うと、クロフォードはフォースの頬に手を伸ばしてくる。フォースは思わずその手を避けて顔を横に向け、硬く目を閉じた。
 空気が凍ったような一瞬の間の後、クロフォードはフォースの両肩を両手で押さえ付けてきた。ゆっくり瞼を開くと、クロフォードの顔がフォースの目の前にある。
「いいか、お前は私のモノだ。もう二度と手放したりせん」
 肩に掛かる重さよりも、クロフォードの睨みつけるような、それでいてすがるような視線が、フォースには痛かった。
 このままずっとライザナルに居るなど、自分に耐えられないのは明白だ。成婚の儀を避けるために、フォース自身がリディアをメナウルまで迎えに行くことを納得してほしい。メナウルを敵だと思う気持ちも改めて欲しい。すべての理解が得られて初めて、自分の思いは叶うのだ。
 だが、理解を得ようというクロフォードに対する不信感も大きい。今さら何を言っているのか、母に何をしたのかと、すぐにでも問い詰めたい。
 でも、問い詰めたところで、クロフォードはどこまで知っているのだろう。いや、クロフォードだけではない、自分もだ。
 弟にあたるレクタードは、ライザナルがメナウルに対して正式に送った使者は殺害されたといい、メナウルに移った当時住んでいたドナの村に毒を仕込んだのもメナウルの人間だと言った。事実はまだ何も分からないままだ。
 今この状況で口論しても、解決になどならないのは理解している。むしろ、両方で反発しあってしまうだろうと思う。
「逃げない」
 フォースはそれだけを口に出し、自分の中に渦巻いている感情をすべて押さえ付けた。それでも、その膨張してくる思いに苛まれ、苦痛に顔が歪む。
「レイクス?」
 クロフォードの心配げな声が降ってきた。肩の重みが消える。
「エレンにも生きて会いたかった……」
 小さくつぶやかれた声に、フォースは視線を投げた。もしも生きてクロフォードに会ったら、母は何と言うだろう。何を思うだろう。クロフォードは力のない笑みをフォースに向ける。
「だが、お前だけでも無事でいてくれて良かった。その紺色の瞳にこうして会える日を、どれだけ待ち焦がれたか」
 数々の事件や問題が一つも解決できなかったからこそ、フォースはメナウルにいられた。今の自分があるのは、メナウルにいたからこそなのだ。もし何も起こらずライザナルで過ごしていたら、どんな自分になっていただろう。そして何より、リディアの存在も知らずに。

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