レイシャルメモリー 3-04


 クロフォードにとって後悔でしかない年月が、自分にとってのすべてなのだ。それをクロフォードは分かってくれるのだろうか。その答えに想像が付けられるほど、クロフォードのことも知らない。そう、何も分からない。フォースは思わず自嘲の笑みを漏らした。
「次に会えるのはマクラーンだ。待っている。だが、身体に無理はかけるな」
 クロフォードは、寂しげな笑みを浮かべて立ち上がり、背を向けた。ドアに向かう後ろ姿に向かって、思い切りため息をつきたくなる。だがクロフォードが開けたドアの向こうに見えたダークグレイの鎧に、フォースは緊張して息を飲んだ。思わず上半身を起こし、あるはずのない剣を手で探る。
「では」
 低い声が響き、入れ違いで入室してきたのはアルトスだ。向けられた丁寧な敬礼で、アルトスが護衛だったのだと、フォースはようやく思い出した。
 護衛なのだから、同室にいるのは当たり前といえば当たり前だ。だが、こんなに気の張ることはない。今度前線で顔を合わせたら、命はないかもしれないとまで思っていた敵だったのだ。アルトスを相手に剣を手にしていないのが、ひどく不安で不自然に思う。
「まさか本当に聞き入れられるなんて」
「陛下がどれだけお前のことを考えていると思う」
 当然のように言ったアルトスに、フォースは、フッ、と短く息で笑い、アルトスの存在を無視しようと、無理矢理目を窓の外に向けた。
 コイツはクロフォードが誰のことを考えていると言った? それは間違いなくレイクスのことではない、クロフォード自身のことだろうとフォースは思う。
 フォースの態度に、アルトスは冷笑を浮かべる。
「もしかしたら陛下に逆らうのではと思ったが、それが得策でないことくらいは分かっているらしいな」
 そう言われると、逆にサッサと喧嘩をふっかければ良かったかと、フォースは思った。どういう状況になれば、口論にならずに済むというのか。そこまで理解しあえるには、それこそ何度となく口論しなくてはならないだろう。
 目をそらしていても、アルトスにじっと見られていることが分かる。鬱陶しいだけではなく恐怖心もあることが、フォースには腹立たしかった。思わず睨むようにアルトスを見遣る。
「何を見てる」
「お前の向こう側だ」
 護衛の理論に反論の邪魔をされ、向こうへ行って見ろよという言葉を飲み込んで、フォースはアルトスから視線を逸らし、ため息をついた。
 アルトスは、実はフォースを見ていた。フォースがまっすぐ視線を返していなかったのでバレなかったのだ。ドアの外には騎士の見張りが二人、窓の向こうにもやはり二人の騎士がいる。何か事が起こらない限り、自分は必要なかった。

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