レイシャルメモリー 3-05


 取り返すことの出来なかったもう一人の面影が、フォースの瞳に重なり蘇ってくる。エレンだ。
 まだ十歳だったアルトスは、礼儀作法を習いながら小姓として仕えていたのだが、エレンの側は、マクラーン城の中で唯一ホッと出来る場所だった。そこではエレンの小姓というよりも、まるで自身の子供のように接してくれていた。小さな赤ん坊を抱いて歌う声も美しく、向けられる優しい微笑みや、頭を撫でてくれる細く白い指が、とても好きだった。
(この子をお願いね)
 そして、何度となくそう言われた。エレンを失ってしまった今、その子供であるフォースは自分が守るべきなのだと思っていた。
 なのに、傷つけてしまった。
 正確には二度目だ。一度目は一年ほど前だった。メナウルの上位騎士に、二十歳を超えたくらいの歳で、紺色の瞳を持った奴がいるという噂を聞き、ひどく煩わしく感じた。その時の赤ん坊ではない、ただの人間が、紺色の瞳を持つのは許せなかった。本物を探すためにも邪魔になる。だから、神の種族には効かないが、人間なら死ぬだろうという毒を仕込んだ剣で斬った。その人間が神の種族か分かり、もしも人間なら始末してしまえるという、剣で怪我を負わせれば一度に用事が済む唯一の手だてだった。
 だが今回は違う。毒を仕込んだ剣を渡した人間を、神官だからと頭から信じ、疑いもしなかった。そいつが、もしくはそいつに剣を渡した者が、フォースを狙ったのか巫女を狙ったのかは分からない。だが結局は、早々に対処できなければ命を落とすだろうというキツイ毒を仕込まれた剣で、自分がフォースを斬ってしまったのだ。
 愕然として何も考えられなかった時、確かに女神を見ていたような気がする。自分が毒を受けたかのように真っ青な顔をして、しかしなんの迷いもなく、その口で毒を吸い出していた。誰もが凍り付いている中、彼女のまわりだけは普通に時間が流れているようで、何故かボォッと自然色に見えた。
 その女神を、自分は殺してしまったのだろう。いや、最初からそのつもりだった、それで良かったのだと、アルトスは自分に言い聞かせていた。
「なぜ私を指名した」
 理由など聞かなくても、アルトスにはだいたいの想像はついていた。フォースはチラッとアルトスに視線を寄こし、それから窓の外に目を戻す。
「さぁ? なぜだろうな」
「巫女のためか」
 その言葉でフォースの肩が一瞬引きつるように動き、やはりそうかとアルトスは確信した。そしてそれは、きっと無意味だろうと思う。
「あの毒は人間にはキツイ。もう死んでいる」
「……信じない」

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