レイシャルメモリー 3-06


 窓の方を向いたままのフォースから、いくらか力のない答えが返ってきた。フォースが信じようと信じまいと、それは自分にとってどちらでもかまわない。
「メナウルに攻撃を仕掛けてみれば、生きているかどうか手っ取り早く分かるが」
「駄目だ!」
 今度の返事は、強硬な即答だった。紺色の瞳がアルトスを見据えている。
「約束は、守ってもらう」
 クロフォードがした約束を破ろうなどとは、アルトスは微塵も思っていなかった。では、どうして自分はどんな返事が返ってくるか分かっていてもなお、こんな提案をしたのだろうか。やはり自分は、幾らかでも後ろめたく思っているのだ。
「護衛はもう終わったろう」
 アルトスが振り切れない後悔を隠して言った言葉に何も答えず、フォースはいくらか目を細めただけで、また外に視線を戻した。
 廊下にこもった声が聞こえ、ドアにノックの音がした。その声に振り返ったフォースに、アルトスは軽く頭を下げる。
「レクタード様とジェイストークです。入室を許可してよろしいでしょうか」
 入室でさえも気を遣われることと、妙に丁寧な言葉遣いに驚いて少し目を見開き、フォースは、ああ、と簡単に返した。
 その返事でアルトスがドアを開ける。そこには、硬い顔をしたレクタード、その一歩後ろには控え目に笑みを浮かべたジェイストークが立っていた。アルトスがドアの横に立つと、二人は部屋へと入り、ベッドの側に来る。レクタードは相変わらず高貴な雰囲気で、フォースにはとても弟とは思えなかった。
「なんだか、とんでもないことになっちゃって……」
 レクタードの言葉を観察するように、フォースは思わず鋭い視線を向けた。
「起きていて大丈夫?」
 レクタードはフォースの顔色を見るように顔を近づけてくる。その心配げな顔に裏はないかと注視しながら、フォースが首を小さく縦に振ると、レクタードは表情をパッと明るくした。ホッとしたように小さくため息をつき、レクタードはもう一度、今度は遠慮がちにフォースの顔をのぞき込む。
「スティアは、……元気?」
 フォースは、ヴァレスを出る時に見たスティアの気丈な姿を思い浮かべ、ああ、と声と目でうなずいた。レクタードは微かに笑みを浮かべると、もう一度フォースに視線を向ける。
「父がマクラーンに向かったら、メナウルと連絡を取ってみようと思っているんだ」
 その言葉に、フォースは思わずアルトスを見た。アルトスはドアのところでいつの間にか背を向けていて、その表情までは分からない。
「あぁ、大丈夫。今回アルトスは文句を言わないから。たぶん気にしてるんだ、リディアさんのこと」
 レクタードの言葉にも、アルトスは黙って向こうを向いたままだ。

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