レイシャルメモリー 4-04


 神殿裏へと進んだうつむき加減の視界に、見覚えのあるモノが映った。母であるエレンを葬った時の棺だ。フォースは、自分の血の気が引く音を聞いたような気がした。
 視線が釘付けになったまま棺の側へ行き、その前にひざまずく。古びてはいるものの、土は完全に拭われたのか、木肌は美しく見えた。その向こうに、歩を進めてきた足が目に入り、棺に触れようとした手を止める。
「フォース……?」
 自分の名前を呼んだ声をたどって、フォースはその男を見上げた。その顔が一瞬、母を斬ったカイラムに見え、フォースは驚いて立ち上がる。だが、大きかったカイラムと違って、背丈が同じほどしかない。
「え? カイリー、か?」
 カイラムに息子がいたことを、フォースは思い出した。同い歳で家も近かったため、よく一緒に遊んでいたのだ。
「よかった。元気になったんだ?」
 カイリーの笑顔に、フォースはなんとか苦笑してうなずいた。
 フォースがドナを離れた頃は、自分の親がエレンを斬ったことなど、カイリーは少しも知らなかったようだった。同じように井戸の毒でお互いの母親を亡くしたと思っていたらしい。当然だ。カイラムが息子のカイリーに、人を殺したなどと言えるはずはない。そしてフォースも、カイリーに話すことができなかった。今もまだ知らないなら、それを言う必要はないと自分に言い聞かせる。
 だが、向き合ったカイリーはフォースに頭を下げた。
「ゴメン。俺、知らなかったんだ、まさか父が……」
 フォースはカイリーの言葉に目を見張った。カイリーは頭を下げたまま言葉をつなぐ。
「押し入った時一緒にいた奴に、父が死んでから初めて聞いて」
「死んだ……?」
 フォースが聞き返すと、カイリーはうなだれるようにコクッと首を縦に振った。
「フォースがヴァレスに引っ越してすぐ、父は入隊して戦地へ行くようになって。俺は母の仇をとるためだと思っていた。でも違ったんだ。罪の意識から逃れようとして、それで……。入隊して五年後に、反目の岩のところで」
「やめろ、もういい!」
 叫ぶように言葉をさえぎり、フォースはもう一度震える息で、もういい、と繰り返した。
「……、ゴメン」
 カイリーの顔にカイラムが重なって見える。母に向かって剣を振り下ろした時のカイラムが、フォースの脳裏に蘇った。お前たちのせいだとカイラムが叫んだ声と、誰も恨んではいけないという母の最後の声に、胸を握られているように息苦しい。
「あの時の……、結局なにも守れなかったのか」

4-05へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP