レイシャルメモリー 4-06


「ドナのため、いや、メナウルのためでもないんだ」
 自分と母がドナにいたから、ドナで事件が起こったのだとしたら、それはひどく重たい事実ではある。だが、自分たちが他の場所にいたら、やはりその場所で事件は起こってしまうのだろう。自分自身ではどうにもできない。罪悪感はあるが、後悔とは違う。
 自分が母を守ることができれば、あんな棺は必要なかった。カイラムが戦に出ることもなかっただろうし、カイリーがアルトスに斬られそうになることもなかった。悔いているのは、自分で関わった事実だけだ。
 でも、その罪悪感や後悔だけなら、やはりライザナルへなど行かないだろうと思う。
「じゃあ、なんでこんな」
「犠牲になろうとか思っているワケじゃない。本当に自分のためなんだ。どうしても手に入れたいモノがある。それは一度ライザナルへ行かないと、かなわないから」
 フォースの言葉に、カイリーは顔をほころばせた。
「いや、それならいいんだ。そういえばフォース、ここを越していく時も、同じようなことを言ってたよな」
「そうだっけ?」
 うなずくカイリーを見て、フォースは五歳だったその時を思い浮かべた。カイリーは懐かしそうに目を細める。
「たしか、剣を習うのには、ここにいたんじゃ駄目なんだとかって。あの頃には、もう騎士になろうって思ってたんだ?」
 フォースは黙ってうなずいた。騎士になろうと思ったのは、その五歳の時だった。ドナの事件が戦の一部なら、その戦に文句を言える立場になりたかったのだ。その頃は騎士や兵士以外、戦に関わりのある仕事を知らなかった。
「安心するのは早すぎるかもしれないけど、なんかフォースのことだから、またかなえて帰ってきそうな気がするよ」
 本当に早すぎる。しかもかなえようとする努力とか苦労とか、ほとんどがすっ飛ばされているのだろうと思う。
「だといい」
 思わず苦笑して、それでもフォースはうなずいた。
 だが、もしかしたらリディアもエレンの時と同じように守ることができなかったかもしれないのだ。もしそうだとしたら。ライザナルへ行くどんな理由をこじつけても、二度と自分を納得させることなどできないだろう。
 すぐにでも帰りたい。帰って顔を見たい。だが今はただ、無事を祈ることしかできない。
 安否さえ聞けば、歯痒さは解消されるだろう。でも答えはどちらだか分からないのだ。フォースは胸のペンタグラムを、服の上から押さえ付けた。不安だけが膨張していく。
 表通りが近づいてきた。神殿脇に入ってから、ぐるっと回って表に戻った格好だ。

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