レイシャルメモリー 4-07


「南へ行って欲しい」
 フォースは後ろをついてくるアルトスから見えない位置で、親指を使ってアルトスを指差した。
「一度退いたからには大丈夫だとは思うけど」
 わざとアルトスに聞こえるように言ったフォースの言葉に、カイリーは薄く笑ってため息をつく。
「覚悟、してたつもりだったんだけど」
「なに言ってる。ああいう時はサッサと逃げろ」
「いや、逃げたかったんだけど。足がすくんで」
 カイリーは照れたように笑ってうつむいた。そしてそのまま大きく息をつく。
「父のことも俺のことも、許してもらえるとは思ってない。けど、謝ることができてよかったよ」
 その言葉にフォースは微苦笑した。謝ってもらっても、何も変わることはない。カイラムにとって母の死が罪だったなら、カイラム自身、生きていて欲しかったと思う。フォースには、ただそれだけが悲しかった。
 表通りに出ると、カイリーはフォースに頭を下げ、後ろに立つアルトスにも軽くお辞儀をして、その場を後にした。
「フォース」
 見送る間もなく、後ろからレクタードに声をかけられた。そこには、レクタードとジェイストークが新たな騎士四人と一緒にいる。ナルエスは見えない。
「行ったよ」
 表情で察したのか、レクタードはメナウルの方角を控え目に指差しながらフォースに言った。
「それと、ありがとう」
 レクタードは喜んでいるとは言えない、どこか引きつった笑顔をフォースに向ける。騎士の攻撃からレクタードを守ったことを言っているのだろう。フォースが微苦笑して首を横に振ると、黙って見ていたジェイストークが低く頭を下げる。口を開きかけたジェイストークに、フォースは、もういい、とつぶやいた。
「まだなんにも言ってませんが」
 ジェイストークの苦笑に、フォースはため息を返す。
「今は何も聞きたくない」
「では、のちほど」
 その言葉に返事をせず、フォースは一瞬だけ薄い笑みを浮かべた。
「お疲れになったでしょう。戻ってお休みになってください」
 フォースにとって剣が重く、思ったように動けなかったのはショックだったが、身体の疲れはさほどではなかった。だが、笑って死んでいった騎士、エレンの棺、カイリーの言葉、そして反目の岩のところでリディアが自分に向けていた今にも泣き出しそうな顔が、フォースの心を苛んでいた。

4-08へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP