レイシャルメモリー 4-08


   ***

 濃い茶と明るい木肌を組み合わせたエシェックと呼ばれるゲームの盤上で、カツン、と木がぶつかる音を立て、ジェイストークが駒の一つを動かした。ムッとした顔でアルトスが、一つだけ石のはまっている駒を横に倒す。
「怒ってるだろう」
 ジェイストークの普通に話すようなトーンの声に、アルトスはベッドに横になっているフォースを見遣った。フォースは微塵も動かず、ベッドの向こう、窓の方を向いたまま眠っているようだ。ジェイストークはアルトスに笑みを向ける。
「このくらいでは起きたりしない。金属音さえ立てなければ」
「金属音? 保身か」
 そうだ、とジェイストークは笑みを浮かべる。
「剣を抜くとか、錠の音とか、とにかく金属音でなら起きるらしい。ヴァレスで仕入れた話しだ」
 ジェイストークがフォースに微笑みを向けたのを見て、アルトスはエシェックの盤上に目を戻した。
「怒ってるだろう」
 ジェイストークが繰り返した言葉に、アルトスは、ああ、とうなずいた。
「負ければ誰だって自分に腹が立つ」
「そうじゃなくて。レイクス様にだ」
 気持ちを見透かされるように言い当てられ、アルトスはさらに顔をしかめた。
「何を怒ってるんだ? 神殿裏でのことか」
「それもある」
「それも、か」
 その部分だけ繰り返し、ジェイストークは肩をすくめた。
「いや、アルトスがレイクス様に沿える部分など、一つもないだろうと思ってはいたけどな」
「お前にもだ。ペンタグラムなど、どうして渡したのか分からない」
 不機嫌にエシェックの盤上を見つめたままのアルトスに、ジェイストークは苦笑を向けた。
「まずレイクス様のお気持ちを尊重しろと陛下から仰せつかっているからな。それに、あんなもので少しでもレイクス様の気がほぐれるなら、そっちの方が大事だろう? そんな物を気にするなんて、らしくないな」
 自分らしくない。そうかもしれない、とアルトスは思った。だが、間違いなく苛立ちがある。
「あれに触れているのを見るのが腹立たしい。ここはライザナルだ。女神なぞ必要ない」
「だから、あれは女神じゃなくてリディア様の。……、嫉妬か?」
 その言葉にアルトスは、フッと短く笑う。
「誰にだ」
「リディア様、それともレイクス様、どっちと言って欲しい?」
 バカバカしいと思いながら、アルトスは苦笑いを浮かべた。ジェイストークが盤上の駒を片付け始める。
「まぁ、レイクス様に八つ当たりされていることは確かだろうな。腹が立っても仕方がないさ」
「私があの騎士を斬ったからか」
 アルトスは駒を片付けるジェイストークの手元に視線を据えたまま聞いた。

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