レイシャルメモリー 1-03
リディアは、フォースと話したことは全部してしまわなくてはと思い込んでいるところが、自分には確かにあると思った。タスリルは優しい声で続ける。
「お前さんが辛いのは分かるつもりだよ。だけど、お前さんはお前さんのままでいておやり。結局はそれがあの子には一番だろうさ。待っているだけでは疲れてしまうよ」
タスリルの言葉に、リディアは短剣に視線を戻した。フォースにソリストを辞めると話した言葉に嘘はない。だが、それはあの時の状況だからこそのことだった。
フォースのために、そして自分のために、今できることはなんなのだろう。そこには少なくとも、ソリストを辞めなくてはならないという事実は無い。
「少し、時間をかけて考えてみます」
リディアの出した答えに、それがいい、とタスリルは微笑むようにシワを歪めた。
ユリアはホッと一息つくと、こちらに置きます、とタスリルに声をかけ、グレイの置いた本のそばにお茶を二つ置いた。
「飲んで。冷める前に」
ユリアがリディアに向かってつっけんどんな声を出す。リディアは、はい、と返事をしてお茶を手にした。
「時間ある? 手伝ってくれるかな」
グレイに声をかけられ、ユリアも同じテーブルに着き、タスリルと三人で書庫から持ってきた本を広げ始める。
リディアはお茶を口にした。いつも入れない甘味があって、眉を寄せる。それに気付いたユリアが顔を上げた。
「そんなモノでも身体に入れないよりはマシでしょ」
その言葉でリディアは、ユリアが自分を見ていてくれたことに気付いた。大人数で食事をすると、自分があまり食べていなくても目立たないと思い、ずっとそうしていたのだ。
サッサとそっぽを向いてしまったユリアに、ありがとう、とつぶやくように言い、リディアはお茶を包むように、もう片方の手を添えた。薄く涙が浮かび、その涙で気持ちが溶けて、少し楽になっている気がする。
「教義、暗唱しましょうか? 少しは落ち着けるかしら」
ナシュアの申し出に、リディアはうなずいた。リディアは、柔らかで優しいナシュアの声が好きだった。今は他のことを考えず、教義を聞くことだけに専念しようと瞳を閉じる。それを見て微笑み、ナシュアは口を開いた。
――ディーヴァに大いなる神ありき。神、世を7つの分身に与えし。裾の大地、海洋を有命の地とし5人に与え、異空、落命の地を創世し2人に授けん。
初めて聞くのだろう、タスリルが興味深そうにナシュアに目をやっている。ナシュアの誦読する声が続く。