レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第2部2章 距離と情意
2. 暖かな拘束 01


「ルジェナの町で、少し寄り道をします」
 ジェイストークの言葉に一瞬だけ目をやり、フォースは馬車の外に視線を戻す。付いてきているのだろうファルを見つけ、フォースは笑うでもなく目を細めた。
 ドナを出て半日、森に挟まれたわりと道幅の広い街道を、馬車はひたすら北へと向かっている。進行方向と逆、遠ざかっていく景色を瞳にうつしながら、フォースはリディアとの距離だけを感じていた。
「そういえば、リディア様が手当てされた、あの布切れ、どうしました?」
 向かい側に座っているジェイストークが口にした名前に、フォースは視線を向けた。ジェイストークの右隣にいるレクタードも、あくびを噛み殺していた顔を上げる。
「持ってる」
「どこにです?」
「元の場所に」
 フォースの素っ気ない返事に、聞き返しかけたジェイストークが、思いついたように笑みを浮かべた。
「そこでしたか」
 フォースはジェイストークが向けた視線を遮るように、毒を受けた左上腕部に手をやった。服の下に、包帯のように巻いた白い布地の感触がある。
「でも、ホッとしたよ。リディアさんが無事で」
 レクタードの言葉に、ジェイストークは、そうですね、とうなずいてみせる。レクタードはフォースの後ろの壁を指差した。
「アルトスも気にしていたみたいだしさ。何かあったらスティアだって辛いだろうし」
 フォースの背中にある壁を挟んだ向こう側には、御者が乗る席があり、今はアルトスが座っている。その馬車の周りに、十人ほど騎士の護衛が付いているはずなのだが、窓からは見えない位置を保っているので、フォースには状況が見えなかった。
「成婚の儀、受けるんだろう?」
「いや」
 短い返事に虚をつかれたように、レクタードは目を見開く。
「じゃあ、リディアさんのこと、どうするんだ?」
「どうって。わざわざ傷つけるような真似はできない」
 傷つけるという言葉で、すぐに思い当たったように、レクタードは顔をしかめた。
「それは、分かるけど。あきらめるのか?」
「まさか」
 表情を変えずに行ったフォースに、ジェイストークは苦笑を向ける。
「いったんメナウルに戻って降臨を解いて連れてくる、なんてのは駄目ですよ」
 見透かされたような言葉に、フォースは眉を寄せた。
「どうしてだ?」
「連れてきた時に普通の人間では、レイクス様と婚礼はできませんからね」
「は? あ……」
 言われてみればその通りだ、とフォースは初めて気付いた。思わず可笑しさがこみ上げてくる。
「じゃあ、決まりだ」

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