レイシャルメモリー 2-07
喜んでいるソーンという少年に、フォースは腰をかがめて視線を合わせ、気のゆるんだ笑みを向ける。
「大きくなったな」
「もう十歳なんだ、大きくだってなるさ。兄ちゃんもずいぶん育ったな」
真剣な顔で返された言葉に吹き出して、フォースは苦笑を浮かべた。
「そ、そうか?」
「でも、元気がないみたいだ」
「病み上がりだからかな」
「上がってねぇだろ」
「え?」
「ちゃんと治ってないだろって言ってんだ」
そうは言われても、フォースには空元気も出てきそうになかった。このままライザナルにいたのでは、ため息以外の息をつけそうにないと思う。
ジェイストークがフォースの横に並ぶ。
「レイクス様の小姓になるか?」
「本当にいいの?」
ソーンは満面の笑みを浮かべて喜んでいる。前から話しがあったような雰囲気に、フォースは訝しげにジェイストークを見やった。フォースに笑みを返すと、ジェイストークはソーンと向き合う。
「きちんとレイクス様と呼べなければできないぞ。礼儀作法や勉強もしなければならない。それでもいいか?」
「オレ、やるよ」
***
「ここだよ」
ソーンはフォースにそう言うと、母さん、と大声で呼びながら、勢いよく家の中に駈け込んでいく。
「レイクス様、おいでよ!」
「先が思いやられる」
中から聞こえてくる声に、後ろから付いてきていたアルトスが、独り言のようにボソッとつぶやく。それを聞いたジェイストークは、ノドの奥で笑い声をたてると、フォースに入るよう促した。
フォースが足を踏み入れると、後ろからジェイストークもついてくる。フォースが前に視線を戻すと、母親だろう女性が、深々と頭を下げた。それを止めようとしたフォースをさえぎり、ジェイストークが前に出る。
「考えていただけましたか?」
はい、と口にして、母親はさらに頭を下げた。
「城で働けるのは光栄です。でも、この子は本当に何も知らなくて」
「こちらで教育させていただきますので、ご心配はいりません。もちろんお約束した報酬も出しますし。レイクス様がいらっしゃる限り、ソーン君の安全も保証されます」
その言葉を聞いて、ジェイストークはソーンを足枷にしたのだと、フォースは初めて気付いた。だが、自分に逃げるつもりはないのだ。まったく知らない人間に側にいられるより、ソーンの方がずっといいと思う。
「よろしくお願いします」
母親がもう一度深々と頭を下げ、その返事にソーンが喜んでいる。逃げないと心に決めてはいても、いくらか緊張が増してくるのを、フォースは重く感じていた。